薄紫の聖女
どうも。緋絽ともうします。
かなりの期間、空けてしまったことをお詫びいたします。
そして短くてすみません……
会場は豪華絢爛な光に溢れていた。
人々の衣装のきらびやかさや香水の香りに私は目を白黒させる。
場違いすぎて、吐きそうだ。
立ち竦んでいる私にドレスを着た女性がぶつかる。
緊張していた私は途端に頭が真っ白になった。
「あ、失礼ーーー」
「大変ご無礼を、姫君。どこか痛めていたりなさっていませんか? 貴女のような方を視界に映せないなんて、きっと私の瞳は節穴なのでしょうね。重ねてお詫びを」
手を掬い上げた私から流れるように零れる言葉に、女性が頬を染める。
少しの会話を交わして女性と別れる。
その様子を呆れたように見ていたレオンが鼻を鳴らして私の背中をどついた。
「その調子では、問題無さそうだな。いっそ本物の姫を口説きに行きかねん」
「んなことするか! 私をなんだと!」
「見たまんまだ。弁解があるなら聞くが?」
くっと喉が詰まる。
くそう。目撃されていては何も言い訳できない。頼むから、誰も私に話しかけないでくれ。
ガチガチになっている私を見てレオンは溜め息をついた。
「いいか。お前が話すのは陛下並びに王族の方からお言葉を賜った時だけでいい。光栄ですとかとんでもございませんとかだけで凌げる。あとは黙って笑っていろ」
その簡潔な命令に私は安堵する。
それさえ終わってしまえば食い放題ということか。ありがたい。
皿に盛れるだけ盛って、バルコニーで時間を潰していよう。
「よおレオン! 久しぶりだな」
ふと男性の声がかかる。
レオンが振り返った先には金色の長い髪を束ねた、身長の高い男が快活に笑っていた。
私はその人の端正な顔に驚く。
この国はイケてる男女しかいないのか。スタイルといい、色々格差を感じる。
「ジェイド。お前は相変わらず派手だな」
レオンの言葉の通り、ジェイドと呼ばれたその人は、わたし達二番隊に似通った式典用の武装であるものの、色は正反対の白で、刺繍や宝石が至るところに散りばめられている。
耳環はピカピカの金で、腕には同じく透かし彫りになったような金の環がはめられているのが仕草の隙間に覗く。
下手したら紅白の安っぽい衣装になりかねないのに、この人が着ていると不思議と調和して似合っていた。
すべては顔ということか……。
「お前の隊が地味なんだろう? その仏頂面をやめて頭から何から明るい色にしてみたらいい。少しは親しみやすくなるだろう」
私は戦慄した。
レオンにそんなズケズケ言いたい放題な怖いもの知らずが、この世にいたなんて。王宮は魔窟だ。帰りたい、切実に。
「…………俺はこれで満足してる。クラモチ、こいつはこんななりでも一番隊の長だ」
「えっ」
そうなの!? つまり、レオンと並ぶ階級ということか。
見た目が武官っぽくないだけに、意外性がすごい。
私に視線を移したジェイドさんがまたもや快活に笑う。
「初めまして。君が新しくレオンの伝令役になったとかいう少年か。私はジェイド・イラミニアという。よろしく」
「あっ、どうも、ハルキ・クラモチです。えーと、その私は」
男ではない、と続けようとして玲瓏とした声が割って入る。
「間違えているわよ、ジェイド。その子は女性。でしょう?」
ターコイズのような色の髪を結い上げた女性に話しかけられて舞い上がった。
けぶるような睫毛に薄ピンクの唇で、凛とした雰囲気の中に少しの色気を感じる。
「あっはい。申し出が遅くなってすみません」
「見抜けないジェイドが悪いのよ。貴女は悪くない」
微笑まれてときめく。
美人に弱いのは男女関係ないのか、私が特別か。
「なんだアレックス。辛辣だな」
肩を竦めたジェイドさんに冷たい声で返す。
「私は女性の擁護者であるように意識しているのよ。ーーー挨拶が遅れてごめんなさい。私は後宮姫騎士団の長をしている者。アレックス・コールよ」
後宮姫騎士団については、事前にレオンから説明を受けていた。
一番隊、二番隊と並ぶ、後宮を守る女性だけで編成された部隊。
つまりここに、この国の武力の主力が集まっているということか。
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると優しく微笑まれた。
「ハルキ、誤解して申し訳なかった。許してくれ。まさかレオンが女性を隊に入れるとは思わなくて」
「え?」
「余計なことは喋らなくていい」
レオンから放たれる怒気をものともせず、ジェイドさんはぺらぺらと喋った。
「女性には怪我をさせてはいけないと、特に日頃から任務の多い二番隊にはいれないようにしていたんだよ。とても紳士だろう? だから、つい間違えてしまった。きっと君はとても優秀なんだろうな」
驚いてレオンを見ると、不機嫌そうに顔をしかめた。
そうだったのか。いやでも、私は性別を偽っていたわけだし。特別ということではないのかもしれない。男として扱ってくれようとしたみたいな。
嘘をついていた罪悪感に、胸の痛みがぶり返す。
それに気づいたのかどうか、レオンはぐしゃりと私の頭をかき混ぜた。
「言い訳が上手いのねえ。脱帽するわ。それはそうと、聞いた? 私もついさっき知らされたんだけど」
形のいい眉をひそめてアレックスさんが辺りをそれとなく見渡した。
「何をだ」
「それがーーー」
「失礼いたします。陛下よりお言付けを預かっております」
執事のような格好の人物がふとメモのような折り畳まれた紙をレオンに差し出す。同じものを受け取ったジェイドさんがくっと目を見開いた。
「なんと。聖女様が今日は出席なさるのか」
聖女という言葉に私はぽかんとする。
なんだそれは。縁のない言葉過ぎて、理解が追い付かない。
「突然だな」
「普段滅多にお姿をお見せにならないのに、どうしたのかしらね? お陰で警備が大わらわよ」
アレックスさんが溜め息をつく。
そうか、聖女様の警備は後宮姫騎士団が担当するのかーーーではなくて!
「レ、レオン」
助けを求めてレオンを見上げると、レオンが事も無げに言い放った。
「つまりだ。お前がコウエイデスと応える相手が、一人増えた」
ぎゃーーー!
「王国騎士団二番隊隊長レオン・カエンベルク殿、並びに伝令役ハルキ・クラモチ殿! 御前へ!」
高らかに呼ばれ、王様の前に顔を伏せながら前に赴く。
緊張で、足元がふわふわする。
面を上げよと言われ、その後の受け答えの記憶がない。
今の今まで、何かお声をかけていただいたはずだが、私は正しく反応しただろうか。
「よく働いてくれた。これからも期待している」
「謹んでお受けいたします」
「ツツシンデオウケイタシマス」
ようやく終わるかとホッとしたところで、鈴のような声音が囁くように響く。恐らく、私とレオンにしか聞こえないほどの声量。
「ハルキという方」
呼ばれたと理解するまで、数拍かかった。
私を呼んだのは、薄紫の髪を顎の辺りで切り揃えた少女だった。
王様と王妃様の隣に座っていた少女は、確か聖女と名乗った。私の切れ切れの記憶が正しければ。
「は、い」
応えた私に、少女が微笑む。優しそうな、可憐な少女だった。
「後程、人をやります。お一人でお越しください。その時に」
「………………………………え?」
次の人が呼ばれ、私達は下がるしかなくなった。
混乱している私をさりげなくレオンが押していき、部屋の隅で私の方を振り向く。
「え、レオン、今の、何?」
「俺が知っているわけあるか。お前、何をした? 聖女様に以前お会いしていたのか?」
「んなわけ! 初めましてに決まってんでしょ! あんな美少女、忘れられるか!」
私の反応に頭を押さえる。
「お前は……。当代の月の巫女によくもまあ、美少女なんて言葉を」
月の巫女って何! いや、とにもかくにも!
「レ、レオン、一緒に来て! 私一人じゃ不安すぎる!」
レオンの腕を揺さぶりすがり付く私をレオンが頭を撫でて宥める。
「できることならそうしてやりたいが。……一人で来いと、言われてしまっているからな」
そんな! 私はほんとに、一体何をした!
レオンが逆らえないということは、かなり高位な人物なのだ、あの子は。
自覚がないだけに不安でたまらない。何か気にさわることをしていたらどうしよう。
「…………お前、女受けがすこぶるいいからな……」
「はあ!?」
「最悪、有りうるぞ。…………王宮入り、ということも。これまでは聖女様はそういうことをなさらなかったが……」
はたと止まる。
そっちか。
血の気が引いたのがわかった。
そんな。つまり、聖女様のそばに侍るということか。嫌だ、嫌すぎる。いや、美少女は万歳だ。だけど折角、今の生活を手に入れたのに。レオンの側に、いられるのに。
青ざめた私の向こうに、レオンが目を遣る。それにつられて振り返り、使いのような人が近づいてきていることがわかった。
「あ……」
行かなきゃ。
でも、どうしたら? もしかするともう二度と、レオンの側にいられなくなるかもしれない。行きたくない。
レオンの腕を握りしめている私の手に、レオンの手が重なる。
ぐっと一瞬、握りしめ。
そして、耳元でレオンが囁いた。
「忘れるな。お前は、俺の部下だ」
心が、震える。
ここにいろという、そんな言葉。明日をくれる、言葉。
「レ……!」
「お待たせいたしました、ハルキ様。こちらへ」
その言葉と共に、レオンが離れる。
私は、促されるまま歩いた。
レオンの温もりが、手に残っていた。




