揺れる心
どうも、ご無沙汰しております。
緋絽と申します。これからしばらく甘めが続きます!
「クラモチ」
声を掛けられて私は傍目にもわかるほど挙動不審になった。
隣にいたノックスとアルベルトが怪訝な表情を浮かべる。
「…………はい…………」
「話がある。ついて来い」
私は目線だけを上げてレオンを盗み見る。
どうしてあんたはそんなに普段と変わりないんだ。
あんなことをしておいて!
思い出すだけで恥ずかしいし混乱する。
ていうか、あれが衝撃過ぎて、あの時の会話を正直ほとんど覚えていない。
だが、あれがあれする前に、お前は俺のもの云々と何様発言をしていたような記憶が意識の端に引っ掛かっている。
ほんとに、どういう精神してるんだこの野郎は!
ちなみにあれを連発しているのはあえてだ。正式名称なんて言えるわけあるか!
「……わかりました」
「あの」
ふとノックスの声が割り込む。
ノックスを見上げると少し険しい顔をしてレオンを見ていた。
ノックスは最近急に魔力が増えた。
秘密の特訓でもしたのだろうか。ノックスはあんまり嬉しそうじゃなかったので突っ込めないけど。
「俺達も、聞いちゃダメですか」
「ノックス?」
「……ハルキ、お前、困ってんならちゃんと困ってるって言えよ」
私に聞こえる程度の大きさで、ノックスが囁く。
思わず驚いてノックスを見上げると、ノックスは真剣な顔をして私を見ていた。
「え?」
「隊長と、なんかあったんだろ? 最近態度おかしいしな。お前が、嫌なら、力になるから」
息が止まるかと思った。
嬉しい。
その気持ちが胸一杯に広がる。
無条件の心配。
そうか、私はこの世界に来た時、それがほしいとレオンに泣いた。けれど、そう。それは思ったよりも簡単に手に入ったのかもしれない。
例えば、こんな風に。
「大丈夫。そんなんじゃないよ。ありがとう」
だから、こんなつまらないことで心配かけてる場合じゃない。
私はノックスに笑ってみせた。
ノックスがくっと目を見開く。
「レオン! 待たせたね!」
「大して待ってない。アークライト、ついてきても構わないが、伝令役の仕事についての話になる。面白い話はないぞ」
「わかりました。失礼しました」
ノックスが深く頭を下げる。
ありがとうノックス。その優しさにいつも救われてる。
いつだって嬉しいってことを、私は伝えていないかもしれない。
「慰労会への出席?」
レオンの執務室で、目の前のレオンの言葉を復唱した。
ポカンと口を開ける。
何故私が。
そう思ったのが伝わったらしい、レオンは言葉を続けた。
「いつもなら、副官のロイが付き添いで来ていたんだが……今回は流石に、出席するには厳しい具合だろう」
思わず言葉を呑む。
そういうことか。
慰労会というのは、国王陛下主催のパーティーらしい。
城や国に仕える人々を招き労るのが目的で開かれる。
それにご多分に漏れず、二番隊の長であるレオンも招かれたようだ。どうやら毎年のことのようで、もう一人ほど礼儀として連れていきたいらしい。
「だ、だからってなんで私にっ、ランセルとかもっといるでしょ!」
私の言葉に呆れたようにレオンが目を細める。
「お前はランセルがああいう場に適していると本気で思っているわけか? 正気か?」
「そこまで言わなくたっていいじゃん!」
私にもランセルにも失礼極まりない。
「お前は俺の伝令役だ。肩書きとして申し分ない」
「ぐっ、で、でも私、作法とかなんにも知らないし、その、」
パーティーってことは、ドレスアップするんじゃないの!
無理! まだそこまで完全に女装するのは無理! 女装っていうか、その、ドレスはハードルが高いって。
「その点は気にするな。陛下の御前に行く時の作法さえしっかり守れば、後は好きにしろ。それと、俺達は騎士団の正装で行く」
「あ…………そう、なの?」
ほっと安心して息を吐く。
じゃあ、いいかもしれない。
ドレスのあのふんだんに使われたレースとかは、苦手だ。似合う気がしない。そして好きでもない。髪も伸びたとは言え、手の込んだ何かができるほどではない。
「まあ俺は、見てみたい気もするが」
何かに突き飛ばされたように鼓動が跳ねる。
確かめるようなレオンの目とかち合った。
私は思わず頬を擦る。熱い。
くそ。遅かった。
何なんだ。この間といい、今日といい。
前までこんな風に扱われたことなかったのに。
どうして最近になって、そんな風な態度をとる。
ーーーまるで、口説かれてるみたいじゃないか。
「ど、どうせ笑うんでしょ。いーわよ、前だってロイさんとか、ノックスくらいしかまともに誉めてくれた人いなかったし」
女装して潜入した時のことを思い出す。
勘違いするな、レオンのこれは冗談だ。本気じゃないに決まってる。こんなほぼ男の私を、レオンが口説くとか夢見すぎだ。願望にもほどがある。
「と、とにかく、わかった。礼儀作法とか、悪いけど時間できたら教えて。一回教えてくれれば後は自分で練習するから」
とにかく、逃げたい。そして顔と頭を冷やすために走りたい。走るのは逆効果かもしれないが。とにかく、考えなくていいように、何かをしたい。
慌てて部屋を出ようと扉のまえまで行き、取っ手をつかんだところで上から手を押さえ込まれた。
背中に体温を感じて固まる。
「人の発言を勝手に捏造するなと、前にも言ったはずだが?」
不機嫌そうな低い声が耳に囁かれ、背筋に何とも言えない震えが走った。さっきと比にならないほど顔が熱くなる。
「う、わっ」
思わず手を離して隙間を抜けようとすると、片腕がお腹に回り拘束される。
引き寄せられた体は、揺るぎない体にぶつかった。
「たまにはめかしこんだお前を見たいと、本心で言ったつもりだったんだが。何を怒っている?」
「は、なせっ、ちょっと」
なんだこの状況は! 私は別に怒ってないぞ! 怒ってるのはあんたでしょう!
「どういえば、伝わる? 聞き飽きたと言うまで、囁き続ければ信じるのか?」
不機嫌そうな声音は相変わらずで、少し怖い。
どういうことだ。どうしてそんなこと言うんだ。
混乱を極めた私をレオンが振り向かせ、その拍子に私は腰が抜けて座り込んだ。
逃がさないとばかりに両腕を壁に押さえ込まれ、その際にレオンの黒い瞳とかち合った。そこには明らかに動揺した私しか映っていない。
怒りを灯した瞳が、真っ直ぐに自分だけを見つめているのは、怖い。
信じなかったのは悪かった。信じる。ありがとう。だから、そんな怖い顔しないでくれ。
「そういう、つもりじゃ」
目を逸らすと、より怒りを煽ったようでレオンは顔を寄せてくる。
低い声が直に耳に触れ、くすぐったくて体が跳ねた。
「それとも、何か。ノックス・アークライトでなければ、信用に値しないと? そういえばさっきも、仲のいい素振りを見せていたな。そんなに、俺は、信用ならないか? ………………気に、入らない」
強く手首を握られ顔をしかめる。
なんでノックスが出てくる! いや、さっき私が名前だしたからだろうけど!
ここまで何がレオンの怒りを買ったのかがわからない。だけど、どうしよう。嫌われたら、どうしよう。
恥ずかしさと、少しの怯えが、私の涙となって現れた。
「ご、め」
震えてしまった声に私の顔を見て、瞠目したレオンの手の拘束が弱まる。
自由になった手で零れた涙を払う。色々と緩んで、涙と震えは止まらなくなった。私は体を引き寄せられるだけ引き寄せ、小さくなる。
「ごめん。怒んないで。信じなくてごめん」
「ハルキ」
「怒んないで。嫌わないで。謝るから」
恋という感情は、面倒だ。
こんな風に、気持ちを弱くする。そして、私は涙が堪えきれなくなる。
お願いだ。いつも通りになってくれ。
私の可愛くなれない言葉のせいで怒らせたのは、初めてだった。
ほら、やっぱり。可愛いげのある女の子ならきっと、こんなこと起きたりしない。
「嫌わないで……」
涙よ止まれ。泣くのは、卑怯だ。
可愛いげがないなら、せめて涙も見せないべきだろう。
しゃくりあげそうになるのを堪え、声が出ないよう下唇を噛む。
すると、レオンの親指が唇に当たった。
「…………唇を、噛むな。前にも言っただろう」
「っ、うっ、」
「顔を上げろ。俺を見ろ、ハルキ」
鼻を啜りながら顔を上げると、変な顔をしたレオンと目があった。
どこか戸惑ったような顔に、もう怒りがないのを見て取る。
「悪かった。泣かせたかったわけじゃない」
「こ、わかった」
レオンの前髪が揺れる。
私に触れている手が遠慮がちに離れる。
「…………怖がらせて、悪かった」
「嫌われるかと、思って」
「……………………は」
涙を払っていた私は、その時のレオンの顔を知らない。
だってまさか、私がレオンに影響を与えるなんてこと、あるわけないと思っていたから。
「なんで、怒ったんだよ。ほんと怖かったんだからな。教えてくれたら、次から気を付けるからさ」
しゃくりを落ち着けようと息を吐き、そこでようやくレオンが静かなことに気付く。
「レオン?」
「俺の、怒りを買いたくなければ」
見上げたレオンは、珍しい顔をしていた。
そう、苦虫を噛み潰して、けれど美味しいものも食べたみたいな。
そんな、複雑な顔。
「俺の前で、他の男と比較するような発言はするな」
「は?」
顎を掬い上げられ、私は後頭部を壁に打ち付けた。
「今度は、怒ったりしない。直接塞ぐ」
お察しだ。
何度目かわからないそういった発言に、私はまたもやいっぱいいっぱいになり。
私は、慌てて部屋を飛び出した。




