終息
どうも。緋絽と申します。
遅くなってすみませんでした。
事件は至って平穏に終息したかのように、思われた。
ドラゴンによる建造物崩壊の被害にあったものはいたが、どれも軽傷であり、何より敵にも味方にも死者がでなかった。
そのため、どこか安堵した空気が流れていたところに、それはやってきた。
どさりと重たいものが落ちたような音に、私は顔をあげる。
月光を一滴垂らしたような瞳。銀糸のような輝く髪。
ーーーギルシュ・ヴァーリア。
「やあ、ハルキ。久しぶり……でもないかな? 会いたかったよ」
「こっちは二度と会いたくなかったけど」
ギルがぱちぱちと目を瞬かせ、とろけるような笑みを浮かべる。
「なんか、綺麗になったね? 好きな人でもできた? 妬けるなあ」
「はあ!?」
一気に頬が上気する。
くっそう暑い! なんでこれぐらい流せない自分!
「あ、んたに関係ないでしょーが! そもそもねえーーー」
微笑んでいるギルの足元に、青い髪の人物が、転がされているのがわかった。
一気に背筋が凍る。私は、この人物を知っている。
「…………ロイさんよね、そこに、いるの……」
「そうだね」
まるで、そこにあるのは果物かという質問に、答えるかのように。一切揺るぎのない声に、微笑みに、むしろ戦いた。
気がつくと、私の前にはノックスが立っていた。庇われている形になっていることに驚き、背中から出ようとして強い力で留められる。
「ここにいろ。あの野郎、二度と手出しさせねえ」
「これはこれは、あの時死にかけた小器用な騎士殿じゃないか。そういえば、君随分と元気だね? あの時、殺すつもりで搾り取ったんだけどな」
「お陰様で苦しんだっつーの。俺は回復が早いんだよくそ野郎」
疲れたようにギルが溜め息をつく。
そこでようやく、普段よりもギルが静かなことに気づく。
いや、どちらかと言えば、静かに苛立っているというような。
「そんなに警戒しないでよ。今回は、もう戦う気ないんだからさ」
転がっているロイさんをちらりと見る。
それがなんだか、そこにあるものを見ただけではない何かがあるような気がして、私は一歩歩み寄ろうとする。
「そこにいろって」
「でも、」
「また変な術みたいなのかけられたら嫌だろーが。大人しくしてろ」
有無を言わさぬランセルに、引き下がる。
「ごめんね。まだ殺してないけど、そろそろ死んじゃうかも。じゃあね」
そうして。やけにあっさりと、ギルは去った。
ロイさんは、相当魔力を使ったらしく、枯渇の限界ギリギリまでを使用していた。
かなり危ない状況だったが、その場で私が魔力を受け渡したので事なきを得た。
ーーーどうして、ギルはわざわざロイさんを殺さないで、私達の前に連れてきたんだろう?
それが、私の中で疑問として残った。
ランセルは、久しぶりに図書館に向かっていた。
あの事件以来、その処理でバタバタしていて、結局キリカとまともに今日まで会うことができなかった。
ランセルは、自分の手のひらを見つめる。キリカの手が重なった場所を。
あの日、あの時。
牢屋の中で父親に殴られた時。
ランセルは嬉しかったのだ。
ーーー自分は、本当に大切な人なら傷付けない。大切な人が相手なら、怪物から元の人間に戻ることができると、わかったから。
何より暴力を振るってくる父親を、心から大切に思っていることが、自分ではっきり確認することができたから。
ランセルは、愛情が必ずしも返ってくるものではないと知っている。
ーーーけれど同時に、そもそも愛情を与える者がいなければ、愛が返ってくるわけがないことも知っていた。
自分に愛情があるなら、いつかは。いつも怒っている父親が、頭を撫でてくれる日がーーー愛が返される日が来るかもしれない。
それは、幸せな夢だった。
残念ながら父親は失ってしまったが、ランセルはキリカを手に入れた。
大切だと、この身で証明できる人を。
普段とは違い、キリカが図書館の入り口で待っていた。先触れを出しておいたので、迎えに出てくれたのだろう。
「中で待ってりゃよかったのに」
「だって、待ち遠しくて。居ても立ってもいられなくて」
微笑むキリカを引き寄せ、抱き締める。不意をつかれたようにキリカが息を呑んだ音が聞こえた。
「ダメだ。外はこれから冷える。次から中で待ってろ」
「っ、こっ、こんなところでっ」
顔を赤くしてキリカが慌てる。
「あ、悪い。久しぶりだったから、つい」
愛されていること。
それを知って、ランセルは驚くほど落ち着いた。これまでどこか、常に苛ついて投げ遣りだった自分の心が、今ではすっかり大人しい。
愛し愛されること。生涯、ないと思っていたもの。
伝えることの、大切さ。
「ついってーーー」
「愛してる」
だから、ランセルはこれまで嘘でも一度も言えなかった言葉が、言えるようになった。
伝えたいと、思えるようになった。
キリカになら。
慌てたようなキリカに口付ける。今はまだ、掠めるようにそっと。
キリカの精一杯の力で抱き締め返された。
「…………私も。どんな貴方でも、愛しています」
笑ったランセルの顔を見て、キリカが照れたように顔を胸に埋める。
その能力で、きっと読み取れたはずだ。
まるで宝玉のように。
君を大切に思っていることが。
しかし、そこは図書館前である。




