竜の宝珠
どうも、緋絽と申します。
早めの投稿です。
牢に入れられたその夜、父親が顔を怒りの色に染めながら入ってきた時。
ランセルは父親に殴られたが、それでも心の底から嬉しかった。
「お前をけしかけたのは俺だと思われてるんだぞ! どうしてくれる!」
かつてないほど暴力を振るわれ、起き上がれない。
その息子を、父は一切振り返ることなく置いていった。
冷たい牢の中へ。
暗闇の中で、ランセルは泣いた。泣きながら喜んだ。
父親が、ランセルをけしかけたと、村人に思われている。
ーーーその意味するところを察して。
「ハルキさんっ、右から火属性魔法、その後、後ろから足払い来ます!」
キリカさんの声に従ってそれらすべてを避ける。
走り出してすぐ、私達は敵に見つかり行く手を阻まれた。
応戦した私にキリカさんは次に何の攻撃が来るかを間髪入れずに伝えてきたのである。
実際に受けた攻撃はその通りで、それ以降襲い来る敵の動きを逐一キリカさんは教えてくれた。
お陰で今のところ傷一つない。
どうやら、キリカさんの情報を読み取るという能力は、人の動きも予測察知できるようだ。
足手まといどころか、とてもお役立ちである。
足音の反響や目線からほぼ間違いなく次の行動を探り当てることができるらしく、その情報は敵の少ない道を選ぶのに貢献している。
「そろそろ、副隊長様はランセルのもとにたどり着いたでしょうか……」
走り続けているため、キリカさんの声は息絶え絶えだ。
私も頷きを返すに留める。
キリカさんを連れてきた以上、私はその責任をきっちり負わなければならない。
体力の消費は少しでも避けたい。
あまり広くない建物と言っても、ドラゴンのいる端まではそれなりに距離がある。
ドラゴンが暴れまわって天井や壁などはほぼないかわりに、瓦礫の山で道が塞がれていることも珍しくない。おかげでというか、来た道を戻って回り道を強いられることもある。
「敵が向かいから来ます。あそこに隠れてやりすごしましょう」
瓦礫の隙間を指し示し、私は疑うことなくそれに従う。
今のところ、やり過ごそうとキリカさんが言って、それに従って見つかったことはない。
ならばそれに合わせるのがもっとも合理的だった。
ついでに息を整える。
「…………キリカさんなら、ランセルを止められるかもしれないというのは、……どういう意味なんでしょうね」
ふと思い付いて、キリカさんに尋ねる。
キリカさんも方法は思い付いていないと思って。
けれど違った。
キリカさんは、自信なさげに曖昧に笑った。
「ちょっぴりですが、予想はついているんです。彼とお酒を飲んだときに、ほんの少しだけお話を聞いていたから。…………ご存知ですか? ランセルは、お酒を飲まないと、彼のことを何も教えてくださらないんです」
そんなことは、と言い募ろうとして、黙り込んだ。
確かに、そうかもしれない。
思えば、ランセルの過去を、私は何も知らない。それどころか、好物だって知らない。
ランセルとは、いつも訓練の話ばかり。
「酔った勢いですが、一度だけ、零し落としたように教えてくれたことがあるんです。俺が止まれるとしたら、俺の宝珠を傷付けないようにする時だって」
「宝珠?」
それはなかなかに大仰な物言いだ。ランセルらしくもなく、妙に洒落ている。
「私も、今日まではわからなくて。でも、ランセルが、たくさん制御装置を身に付けていることと、それと、…………今の、姿を見て。ようやく、宝珠の意味が、わかりました」
私もそこまで言われて、気づく。
ドラゴンは、珠を護っている。それに仇なすものは、破滅に導く。
ランセルの宝珠。
自分を人ではなくドラゴンとして見ていなければ、出てこない言葉。
「…………あの、不謹慎なんですけど」
「はい?」
「ランセルとキリカさんは、えっと……交際していらっしゃる、とか?」
「えっ?」
一拍置いてキリカさんは顔を真っ赤に染めた。
それは見ていてこっちが恥ずかしくなるくらいーーーなんだよ、羨ましいな!
「い、いえ、交際だなんてそこまでは」
だって、宝珠って。
ドラゴンにとって、命よりも大事なものを表すと聞く。
お前だったら、オレを止められるかもしれない。
その言葉の、真意は。
「でも、叶うなら私は、あの人の側で、あの人を守る立場が、欲しいんです。あの人の心も含めて、全部まるごと」
照れた状態から一転、キリカさんは開き直ったように私を見て、笑ってみせた。
「だから、確かめようと思います。私が、彼を止められるなら、そんな嬉しいことはない。そうでしょう?」
決意をした笑顔は、凛として美しかった。
たどり着いたそこは、まるで地獄だった。
燃え盛る建物と、敵味方入り乱れた怪我人の倒れた体。空気には圧迫されそうなほどの魔力が漂っている。
倒れている数として圧倒的に敵が多いのは、訓練の差だろうか。
恐らく瓦礫の被害を避けられたかどうかが今を分けている。
その中で、ロイの姿が見えない。
そして、ーーーギルの姿も。
私は少しだけほっとした。
実はかなり、結構、警戒していたし、自覚するほどには怯えていた。
「クラモチ! なぜ人質を連れてここへ?」
「ご、ごめん、ちょっと」
アルベルトが明らかにやけっぱちになった表情で足元に転がる敵の体を足で押し退け、こっちに来る。
捕縛しようにも数が多く、捕縛道具が追い付かないようだ。しかも応急手当もしなければならないため、手間取っている。
回りの騎士も相当重傷者でない限り手当てするのを後回しにして、外に運び出すのを主としているようだ。
普段生真面目なアルベルトがそうしているのを見ると、この子も丸くなったなあと感慨深い。
「今すぐ本部へ戻れ! 怪我をさせたら元も子もないだろう!」
やっぱ生真面目ー!
「いや、でも、この状態のランセルを戻せるかもって言うから!」
「かもってなんだ! 確かな方法は!?」
「ありませんっ」
「君はふざけてるのかっ!」
見れば騎士は半分ずつに分かれてドラゴンの攻撃を凌いでいた。
敵は突然現れたドラゴンにほとんどが攻撃されて意識不能になるか、恐れをなして逃げ出したらしい。
「今さら戻っても危険が増すだけだから仕方がない! クラモチ、全力で彼女を守るんだぞ!」
「これ、帰ってからノックスにも叱られるやつだなあ……」
回収班にいるノックスがこっちを見て呆れているのがわかる。
思わず後ろに踏み出した足の下で、金属音が鳴る。
「ネックレス?」
「それ……ランセルのです」
拾おうとしたキリカさんを抱えて左に飛ぶ。
元いた場所に矢が突き刺さった。
帯剣していないし、鎧もつけていないのに、真っ先にキリカさんを狙った。
私は思わず、矢を放った敵を睨み付ける。
第2射を構えていた敵が、吹っ飛ぶ。
ーーー巨大な尻尾に弾き飛ばされて。
はっと私は我に返った。見上げた先に、煌々と光る大きな瞳があった。
本能的に体が恐怖で竦み上がる。
鋭い牙と爪。その吐息は熱く、荒々しい魔力を感じる。
傷一つない艶やかな鱗。
心の片隅にあった疑問が沸き上がる。
ーーーこれは、本当にランセルだろうか?
思えば、私はさっきまでランセルがドラゴンになることを知らなかった。
キリカさんの言葉を聞いたからそうなのだと考えただけだ。
こんなに、理性を無くしたものに、人がなれるのか?
ーーーもしランセルじゃなかった時、こうして耐えているだけではいずれみんな倒れるんじゃないの?
降りおろされる爪を、私は咄嗟に棒を組み立てて受け止めた。
といっても、直撃を避けただけで、棒ごと吹っ飛ばされる。
「ハルキ!」
「クラモチ!」
アルベルトとノックスの無事を確かめる声が聞こえた。
私はそれに手を振って応える。
いや、驚きすぎて声がでなかった。
自分で自分の頬を張る。
しっかりしろ。ロイはランセルの姿のことを知っているはずだ。そのロイが攻撃をさせるような指示を出してないんだから、これがランセルなのは間違いないんだ。
それに、攻撃を受けて気がついた。
理性がないように見えて、攻撃された対象の致命傷になるような位置は避けてある。ような気がする。
考えてみれば、応急手当が追い付かないという時点でおかしい。とっくに死者が出ていてもおかしくないはずなのに、手当てで済む程度の怪我人しかいない。
それが、僅かに残された、ランセルの欠片のように思えた。
「キリカさん。絶対に絶対に、貴女を守ります。だから、お願いします。ランセルを戻すのを、手伝ってください!」
キリカさんは、間髪入れずに微笑む。
「お願いしたのはこちらですよ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」




