削られたもの
どうも。緋絽ともうします。
やはり長いこと空いてしまいましたね……申し訳ございません。
隊長室のドアを開けると、レオンがソファに座って寛いでいた。
背もたれに頭を預け、ゆったりとしている。ように、見える。ーーーけれど。
もうそれだけがすべてじゃないことを、私は知ってしまった。
「そんなに息を切らしてどうした。今度は何をやらかしたんだ」
「何もやらかしてないわ! なんなのその先入観!」
あぁもう。こんなことが言いたいんじゃないのに。
立ち竦む私を見て、レオンが溜め息を落とす。
「……寄れ。何か話があるんだろう」
呼ばれるままに、恐る恐る足を踏み出した。
行方不明者を救出する計画が一通り準備が終わり、最終確認をした場に、レオンがいなかった。
そのため、何の気はなしにポロっと聞いてしまったのだ。
「そういえば、レオ……隊長は今回、関わらないんですね?」
隊長が1つの案件に専念しすぎてはいけないから、みたいな理由を想定していた。
だから、その返事は、予想外だったのだ。
「あぁ……まだ、例の印の影響が残ってるみたいで……。このところ、仕事も詰まっていたから、丁度いいと思っておれが引き受けたんだ。
「え……」
私の強張った表情に、何も知らないことをロイは悟ったらしい。
ごまかそうとしたのを私は無理やり聞き出した。逡巡したロイは、できるだけ言葉を選んでくれたが、やはりどうしても覆い隠せないものはある。
―――例えば、私のせいでレオンが今もなお削られているということとか。
所有の印を塗り替えるということは、印の持ち主と所有物の間に割り込み、その痕跡を自分の魔力で押し流すということ。本来所有者を変更することはできない。そういう代物の理を曲げることにより、それを行うということはすなわち、かなりの量の魔力の消費を覚悟しなければならない。
そこまで聞けば、事情に疎い私でもわかった。
魔力は命に等しい。それが失われれば、死に至る。
いてもたってもいられず、私は部屋を飛び出した。
「座れ」
首を横に振る。
座ってしていい話じゃない。けれど、何を言えばいいのかわからなくなった。本当は開口一番謝ろうとしていたのだ。だけどきっと、この男はそれを望まない。
私に、この事実を一切伝えなかったのがその証。
レオンが怪訝そうに片眉をあげる。
「あの……、肩、揉もうかなって」
「は?」
おお。レオンにこんな顔させるのなんて私くらいのものなんじゃないのか。ていうか、こんなぽかんとした顔をレオンもできるのか。
苦しいごまかしなのは自覚しているが、何せこれしか思いつかなった。
何も疑われず、レオンに触れる方法が。
「早く背中向けなよ、おっさん。うら若き乙女が、肩揉んでやろうって言ってんでしょーが」
少し強引に背中を向けさせると、素直にレオンが動く。
以前なら、部屋にいつ訪れても、レオンが休憩らしき休憩を取っている姿を見ることはなかった。けれど、今は。
私は可愛くなれないな。ここでこそ泣くなりなんなりして、レオンの気を引ければいいのに。こんな言い方しかできないのか。
感謝してることは確かだし、この感情も、尊敬と感謝からくるものだけじゃないとわかっているのに。
でも、だからこそ言えない。好きなやつ相手に、ここまで醜態さらして、どの顔して言えるんだ。許してほしいなんて。
レオンが、何も感じていないそぶりだからなおさらだ。自己満足でしかない。
「レオン……疲れてんの?」
「………お前のようにやかましい奴がいるおかげで、気の休まる時がない」
「悪かったなうるさくて」
助けになりたいと思っているのに。役に立ちたいのに。助けられただけ、レオンのすり減らした部分があることに気づいて、苦しくなる。
レオンは優しいから、なんてことない顔をして受け入れてしまう。だったら私が、踏みとどまるのだ。
レオンを、削らないように。
目を閉じて、イメージする。私の魔力が、レオンに流れ込むイメージ。
私はそれができることを知っている。以前、魔力を失いかけたノックスに、魔力を流し込んだ。
掌が温かくなった。レオンの呼吸がゆっくりと深いものになる。まるで少し楽になったかのように。
ロイによれば、印はまだ仮契約の状態であり、レオンがやったようにほかの誰かが干渉すれば塗り替えられてしまうらしい。それでも魔力量の多いレオンだからなし得たことでもあり、そうそう簡単に起こることでもないらしいが、―――可能性は、まだある。
「本契約しちゃえばいいのかな……」
ぽつりとこぼす。
仮契約だから、薄くならないように更新するための維持費ならぬ維持魔力が必要なのでは? まぁでも、もしかすると契約したほうが魔力消費がすごいのか。でも、確かこれって、囚人をおとなしくせるために考案されたもので、どんな兵士でもある程度は維持できるように作られているはずでは? それかむしろ、契約を破棄しちゃうとか。いやでも、またいつあいつに印をつけられるかわからない状況になってしまうのもなぁ。
などとうわの空でつらつら考えていて、気が付けば、レオンに手をがっちり掴まれていた。
ん?
レオンが微妙な顔をしてこちらを見上げている。
「意味が分かって言っているのか」
「は? あ、本契約の話? いやまぁ、これ以上レオンに負担かかるならやらなくていいけど」
ちなみにここで、うっかり口を滑ってレオンに負担をかけていると思っていることを気づかれたことに、私はまだ気が付いていない。
聞こえてたか。やっぱダメなのかな。
「負担はない。円滑に魔力が返ってくるようになってむしろ万々歳だ」
へぇ。そうなのか。じゃあ、本契約したほうがお得じゃないか。
ん? じゃあなんで、やらないんだ?
「むしろお前にその覚悟があるのか?」
「覚悟?」
ぐっと手を引かれ、こらえきれず前にーーーレオンの方へたたらを踏み、空いている片手でレオンの肩を掴み体を支える。
「本契約を交わすということは、俺と契るということだ。お前ーーー俺のものに、なるか? ハルキ」
は。
契、る。
腰に響く低音がどこか掠れていて、レオンの私を見る目が悪戯めいていて、もう、どうにもならなかった。
このなんか垂れ流されているものは、なんだ!
「私にはまだ早い!!」
ぐあっと顔に熱が上る。や、やややばい。
知らないとは言え、なんてこと口走ったんだ私。この男、嬉々としてからかってくるに決まってる。
実際、レオンは慌てる私に楽しげに目を細めて、私を引き寄せた。
ギリギリ口の横を掠めた柔らかいものを感じながら、思った。
あぁ、睫毛が長くて羨ましいことだよ!
「またかっさらわれたら、今度は首とその口だ。心して、戻れよ」
だからお前はどこのど変態だよ!
慌てて飛び出した私は、残りのその日を、何を気にしていたかについてすっかり忘れて悶えまくった。
所有の印は、囚人に対して、常に仮契約の状態で使われてきた。
それで充分機能した。
本契約を交わすのは、まだ使用が制限される前の、永遠を誓った男女だけ。




