自覚
どうも、緋絽と申します。
ご無沙汰しております。ようやく話が進みましたよ!
嘘をついた罪悪感と言うのは、それが嘘だとバレるまで消えないものである。
だからそれを抱えている間は、嘘はばれていない。そう、思っていた。
今、このいつもと変わらない眉間にシワを寄せた男は、気づいていたと言うのか。
私が女であるということに。
「クラモチ?」
言われて真っ先に思ったことは、もう終わりだ、だった。もう、側にはいられない。
「俺、の、何?」
聞き間違いだったと思いたくて、私は聞き直してしまった。もしこれで聞き間違いじゃなければ、あとは終わりにするしかないのに。
「性別だ。女だとばれたくないんだろう? だから偽ったんじゃないのか」
終わりだ。
誤魔化せないと気付いた私は――――逃げ出した。
無我夢中だった。
色んな角を曲がって目的もないまま逃げる。
どうしよう。どうしたらいい? 何をしたらいいかわからない。
きっと、レオンは呆れてる。もう二度と私を許してはくれないに違いない。
あんなに助けてくれたのに、私は嘘をつき続けていたのだから。嘘をついていると気づいていて、その上でさらに重ねられていく嘘を、レオンはどう思っただろう。
そう思ったら、涙が滲んだ。慌ててこぼれる前に拭い去る。
「おわっ、あっぶねぇ……ハルキ?」
聞きなじんだ声にはっと顔を上げる。ノックスとアルベルトがぶつかりそうになった私を驚いたように見下ろしていた。
「あ……」
「お前、ちゃんと前見て走らず歩けよ。注意散漫なんだからこういうこと多いだろ」
呆れたように言ってノックスが私の頭を撫でる。
なんだかんだ心配してくれるこの人達を、私は騙してる。その罪悪感が迫り上げ、うまく言葉を返せない。それならと笑みを浮かべようとして顔が引きつる。
いつもなら飼いならせるはずの罪悪感が、今日は揺さぶられてうまく落ち着かない。
「……クラモチ? 平気か? 顔色が優れないが」
覗き込んできたアルベルトから咄嗟に顔をそむけたが、遅かった。
「クラモチ、君、泣いて――」
「ごめんっ」
横をすり抜けてまた逃げ出す。街に飛び出しあてもなく走った。
とりあえず、逃げよう。どこまで? 私のことを知ってる人がいないところまで。私が騙してしまった人がいないところまで。
恥ずかしさもあった。私が男のふりをしていたのを、レオンは真実を知ったうえで騙されたふりをしていたのだ。
どうして見て見ぬふりをしてくれていたのか。それがわからない私じゃない。さすがに、ここまでくれば嫌でも理解する。レオンは、なんだかんだと言いながら、決して自分の利益のためだけに動く人間じゃない。私に事情があると酌んでくれたのだ。不言実行。まるでレオンのために誂えられたかのようにピッタリな言葉。
自分のためだけに嘘をついた私とは、正反対の人。
あぁ、恥ずかしい。
走っているときに、ふと目の端に男が映った。何が引っ掛かったのか男から目を離せないでいると、その男は店の商品を懐に入れた。未払いなのに。
全身の毛が逆立った。さっきまで落ち込んでいた気分が一瞬にして吹き飛び、その男に集中する。
「行け、ハルキ」
彼の声が、聞こえた気がした。もちろんだ。私は、あんたの役に立つためにここにいたんだから。
いつの間にか。レオンの言葉を信じるようになっていた。初めはあんなに嫌なやつだったのに、段々あいつの本質がわかってきて。
絶対に守ってやる。
そう言ってくれる、本当は優しい人。
どうしてこんなに揺さぶられたか。私はその理由がなんとなくわかってる。だけど、これまでは認められなかった。だって認めたら、私はこの世界にいたい理由ができてしまうから。だけどもう、私はこの世界で生きていくしかない。大事なものを、作ってもいい。
男を追って後ろから手を掴み、つんのめったところを足払いをかける。倒れ込んだ男を拘束する。
結局のところ、私はレオンの側にいたいのだ。騙してでも、側にいたかった。そういうことでしょう?
「よくやった」
巡回していた騎士に男を引き渡した後、後ろから声がかかった。
汗をかいたレオンがいつもの仏頂面で立っていた。
「…………ありがとうございます」
どうしたらいい? ただ、あんたの側にいたかった。できるだけ長く。
「逃げるのは、やめたのか?」
少しバカにしたような口調の隙間に、所々荒い息遣いが混じる。追ってきてくれたことは、それだけで理解した。
「………やめます」
片眉を跳ねあげたレオンに向かって私は頭を下げた。
「嘘をついてすみませんでした! 女だと騎士団にいられないって、そう思ってなかなか言い出せませんでした!」
私を見下ろすレオンの顔は、いったいどういう表情を浮かべているだろう。
あぁ、嫌だなあ。この人に嫌われるのはつらいなぁ。
「処分を、受けます。逃げません。…………た、退団でも、仕方ないと、思います」
長い間があった。レオンの瞳が、下げた私の頭を見つめているのがわかる。
私が異世界人だと知っている唯一の人。誰にも話さないで、黙っていてくれた優しい人。ごめんなさい、騙してて。あんたの好意を、私は無碍にした。
「行くところは、あるのか」
ない。けれど「ある」と答えようとした私より早くレオンが言葉を紡ぐ。
「ないだろう。それなら、仕方ない。置いてやる。だから、残ればいい」
思わぬ言葉に顔をあげると、ぎゅっと眉根に皺を寄せて、とても言いにくそうにまた口を開いた。
「でも、」
「どこにも行かなくていい。特に怒ってもいない。処分もなしだ。お前は使える。だから、残れ」
顎を伝う汗を拭って、レオンが私をまっすぐに見つめる。
この目が、私を引き留める。
「残れ、ハルキ」
あぁ、この人が好きだ。




