勧誘
お、お久しぶりです。なかなか更新できなくてすみません。
恐らく今後、長期間更新できなくなることがかなりの頻度であると思われます。それでもどうか! お付き合いください!
ドクリと耳元でやけに心臓の音が大きく聞こえた。
「―――……これ、は……さすがに、妄想とかじゃ、片付けらんないな」
どれだけ金持ちでも、月は―――月の大きさは、変えられない。スーパームーンなんか目じゃない。押し潰されるのではというほど大きい月が空に居座っている。
理解なんて、したくない。したくないのに。月が、否定させてくれない。
じゃあ、やっぱり、私は。
じわりと目の奥が熱くなり世界が滲んだ。
「わかったか。これがお前の―――」
私の顔を見た男が不自然に言葉を切った。
私は、一人だ。
「見んな!」
俯いて男から顔を隠す。
この男の前で声をあげて泣くことだけはしたくなくて、唇を噛んで堪える。
足元から崩れそうな不安が、胸を覆う。
ここは、どこなの。私の家はどこ。家族は? みんなどこに行ったの? ―――違う。私が、別の場所に来たんだ。
口の中に血の味が広がった時―――不意に、頭を撫でられる。
つい見上げると、目の端から一筋だけ涙が零れる。
男が眉をしかめたのを見て、慌ててまた俯こうとしたら顎を掴まれた。
ちょっと、何よ。今、落ち込んでんのよ、見たらわかるでしょーが。あんたの相手、できる気分じゃないんだって。
振り払おうと首を振るが、男は構わずに私を上に向かせた。
まだ噛んでいた唇に男の親指が当てられる。
「唇を、噛むな。血が出てるぞ」
思ったよりも柔らかい男の声音に少し復活する。
「あ、んた、俺のこと、心配してんの?」
「安心しろ。子供を拷問したのかと思われたくないだけだ」
あぁそうですか! 実はそう冷血でもないのかなって見直しかけたのにさぁ!
一気に仏頂面になった私の頬を、男が片手で乱暴に拭う。
「なぜ泣いている?」
「いい、言わない。絶対信じないし」
異世界から来たなんて言われたら、私なら精神科医に行くことをお薦めする。
プイと鼻を啜りながら横を向くとすぐに戻された。
くそ、惨めだ。私は抗うこともできないのか。悔しさにまた涙が滲んできたが我慢する。
「決めつけるな。そういえばお前、魔法を見て驚いていたな。今時魔法がないなんてどんな田舎に住んでいた? 出身地はどこだ」
男が私の顎を掴んだまま首を傾げる。
首痛いんだけど、と内心で強がってみせるが、相手には届いていないので意味をなさない。
「教えないって」
「そうすると俺はずっとこのまま顔を掴んでいることになりそうだ」
要するに言わなきゃ外さねーぜと。
私はイライラして、思った通りにことが動かないことを怒る子供のように涙が滲んできた。
あんたの身長高いから、首、もげそうなんだってば。
男の手を掴んで外そうと試みたが、易々と片手で両手を捕まえられる。
「―――教えてやろうか」
私はとにかくイライラしていた。こちとら心ゆくまで落ち込みたいのに、何がデリカシー無男の気を引いたのか、それをさせてくれない。
―――そんなに知りたいなら、教えてやろうじゃんか!
「俺はっ、魔法なんかない、別の世界にいたんだ! そんで、いつの間にかここにいた! わけわかんないまま人身売買に巻き込まれてっ、助けようとしただけなのにっ、犯人扱いされてんの!」
大粒の涙が頬に零れた。
堪えようとして息を詰めたら喉がヒクリと音をたてた。
「そうか」
そうか!?
「何を興味無さげに返事してくれてんの! あんたが訊いたんだろ!」
あぁもう、顔、ぐじゃぐじゃだ。こんなんでも一応女子なのに。
「話が突飛過ぎる」
「だからどうせ信じないって言ったじゃん! 離せよ!」
ぐじゃぐじゃの顔のままそう怒鳴ると、男は私を離して腕を組んだ。
「まぁ、神隠しがある以上、その逆も有り得ないとは言い切れないしな」
「あっそ」
どうせ信じてないくせに。
鼻をすすって落ち着こうと努力する。
特に何の反応も示さない私に男が片眉を跳ね上げた。
「容易には信じられんが、そういうことならなんとなく説明がつきそうなものがある。よってとりあえず信じることにする」
とりあえずって何よ。いちいちむかつく言い方すんじゃないわよ!
もうやだ。家に帰りたい。こんな奴なんかと、一緒にいたくないよ。
心細いと思ったら、また泣きそうになった。隠そうと俯くと、再び顎をすくわれ上を向かされる。
「何だよ、もういいだろ! ほっとけよ!」
怒りのままに手を叩き落とす。
そこまでして人の泣き顔が見たいわけ!?
「…………どうしたら、泣き止むんだ」
男の不機嫌そうな声に、内心「はあ?」と思いながら男を睨み上げると―――非常に怪訝そうな、困ったような顔をしていた。
「信じることにしたのに、何故泣き止まない?」
「何、言って……」
もしかして、泣き止ませようとしてるわけ?
男がグリグリと私の顔を拭う。
「―――泣くな。悪かった。子供相手に、大人げなかった」
そんな言いたくなさそうな顔で言われて誰が許せんのよ。
そう、思ったのに。謝られて、張り詰めていたものが決壊した。
「お、れ……一人になったんだ」
「一人?」
男が怪訝な顔をする。
「誰も、いない。父さんも母さんも、ここにはいない」
後から後から零れてくる涙を拭う。
私は、孤独を本当の意味で初めて知ったのだ。この世界には、私を無条件に心配してくれる人なんていないということを。
「会えないのか」
「言ったじゃん、俺は別の世界から来たんだ。両親も、当然そっちにいるに決まってるだろ」
帰り方もわからない。どうやって来たのかも。
本当に、本当にこの時はこの男が嫌いだったんだけど。
何故かこの時、私は男に心の内を話そうとしていた。
今までの印象よりも、優しい眼差しをしているからだろうか。
「クラモチ、泣くな。…………泣くな」
もう一度男が私の頭を撫でる。
「お前が、一人でいることを嫌がるなら仲間を作ればいい」
「仲間?」
私が興味を示したのを見て男がちょっと笑う。
一瞬でまたすぐに不機嫌そうな顔に戻ったが、初めて見る、何の含みのない優しげな笑みだった。
ドクリと心臓が跳ねる。
「俺の隊に入れ、クラモチ」