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月の入江  作者: 緋絽
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歯噛み

どうも、緋絽と申します。

お久しぶりです。


さて、今後、更新がかなり不定期になります。申し訳ございません。リアルの方が加速度的に忙しくなってきたためです。

二週間に一度のペースはなるべく崩さないようにいたしますが、予告せずしばらく休載する可能性があります。

ご了承ください。そしてごめんなさい!


ギルシュ・ヴァーリアが去ってから、春紀はすぐに気を失った。繋がりを無理矢理断ち切ったため、むしろそれまで気を失っていなかったのがおかしかったのだ。

惜しくもギルシュ・ヴァーリアは逃したものの、困らされていた『炎激の竜』を一網打尽にできたのは収穫だった。

アルベルトはそう思いながら浴場の外に立っていた。事件から数日が経っていた。

春紀が体を清めているのだ。ノックスに頼まれ、代わりに見張りをしている。

クラモチには見られたくない傷があるらしい。奴の過去に関係があるらしく、詳しく聞けないでいる。

「わりぃ、グリーン。代わる」

ノックス・アークライトが戻ってくる。アークライトはなんだかんだホイットマン班長に気に入られていて、こうしてちょくちょく呼び出されている。目的は遊ぶことなので、少し気の毒に思う。

「構わない。時間があるから、このままここにいてもいいか?」

「あぁ。俺は特に気にしねえよ」

「そうか」

しばらく無言の時が落ちる。

恐らく、考えているのは同じこと。

クラモチが操られていることを、他の団員は知らされていない。だからきっと、あの時、周りの目にはクラモチが裏切ったように見えただろう。不意をうったおかげで多くの死者は出ていないものの、それでも数人は命を落としたのだ。中には、クラモチが力を振るったために、死んだ者もいる。直接殺してはいなくても、間接的要因になってしまったのだ。

例えば、魔法を無効化したために、敵の魔法を殺せなかった、とか。

それは敵味方のどちらにでも言えるが、敵に恨まれるのは何の問題もない。問題なのは、仲間である騎士団員に、クラモチが恨まれることだ。

「……僕たちは、どうすべきだったんだろうな」

「…………さぁな」

アークライトはガリガリと頭をかいた。その表情は何か苦いものを噛んだようだ。何かを考えているときの癖だと、ようやく最近気が付いた。

眠るクラモチを見て、アークライトが部屋を飛び出し、隊長のもとへ抗議しに向かったのは、事件の翌日のことだった。

珍しく声を荒げ、団員に対する“所有の印”の対応について問いただしたらしい。

アークライトはもっと、醒めている男だと思っていた。だから僕は驚いたのだ。本人も恐れていると認めている隊長に、抗議のごとく突っかかっていくとは夢にも思わなかった。

ランセル班内で留められた、“所有の印”の情報。しかし、クラモチの今を思えば、頭から全騎士団員に話しておくべきだったんじゃないだろうか。そうすれば、クラモチがこのような誤解をうけることもなかった。遅かれ早かれ、こういった事態になるのはわかっていたはずなんだ。

僕にとって、クラモチの所有の印を秘匿したことは、ただの悪手だった。

「あの時」

ぽつりと隣に立っていたアークライトが、自分の手のひらを見つめてこぼす。しばらく時間が空いたが、言葉を探しているようなその目つきに僕は黙って先を促すことにした。

「あの時、ハルキは、俺に襲い掛かって。それで、…………殺してくれと、俺に頼んだ」

知っている。僕にも聞こえていた。普段飄々としているクラモチからこぼれたその言葉は、一瞬、僕の思考を止めたのだ。

力の増す指とは裏腹に、クラモチは弱々しい声を発した。

アークライトの首には、まだうっすらと鬱血の痕が残っている。それを彼は、そっと撫でた。

「………動けなかった。あいつが、嫌がっている行為を、無理矢理にでも振りほどけなかった。それは、俺の、弱さが招いたことだ」

所有の印から、クラモチを守ること。

それが、僕たちに課せられた任務だったのに。

「僕こそ。クラモチを止められなかった」

魔法が使えなくなると、クラモチに対抗できない。それじゃ、駄目だったのだ。

奥歯を噛み締める。

所有の印の周知をしなかったこと。それは確かに悪手だ。少なくとも、僕にとっては。

───でもそれが悪手になってしまったのは、自分達が晴紀を止められなかったからだ。

わかっている。己の未熟が、クラモチを救えなかったことくらい。

「俺は、」

アークライトがそう言ったとき、中で誰かが倒れたような音がした。

思わず風呂を見る。

「ハルキ? おい、どうした? 転けたのか?」

「クラモチ、大丈夫か? 鼻を折っていないといいんだが」

からかい半分で声をかけたが、返事がない。

だんだん、笑い事ではないと気づく。

「ハルキ!! おい、返事しろ! おい!」

扉を叩くが、何の音もしない。

僕は取っ手を掴んで押してみた。鍵はかかっていないので、当然開く。

「クラモチ、入るぞ」

中に滑り込むと、湿気た木の香りがした。床はうっすらと濡れている。

なんだか、嫌な予感がした。いくらなんでも、中に入っているのに声が聞こえないわけがない。

奥まで進んで、ギクッとした。

並び立つ棚同士の間に、誰かの手が投げ出されている。誰のものかなんて明白だ。クラモチ以外に、この中に誰かがいるはずがないのだから。

「ハルキ!」

アークライトが駆け寄る。クラモチはシャツを羽織っていた。しかしズボンを履いておらず、その足がむき出しになっている。女性のようなその形と色の白さに、心臓が騒ぐ。あまりに不謹慎なそれを振りきるように頭を振り、僕も駆け寄る。

体を揺すって名前を読んでも、意識が戻らない。外傷はない。何が原因だ?

「まさか、所有の印の後遺症か……?」

「くそっとにかく運ぶぞ! このまま放っとくわけにはいかねえだろ!」

グッと背中に手をいれたアークライトが、なにか違和感を感じたのかその手を抜いて見る。クラモチが、か細く呻いた。

「なんだよ、これ」

その手は、赤く染まっていた。クラモチを見ると、先程は白かった背中のシャツに赤い血が滲んでいた。

そんな、バカな。今の一瞬で、こんなに血が出る怪我を負うはずがない。

「止血が先だ!」

清潔ではないが、僕のシャツで血止めをしよう。しないよりはましだ。

そう思って脱ごうとした僕の手を、誰かが止める。

見れば、───カエンベルク隊長だった。

「隊、長」

「どけ。つれていく。この事は、一切の他言の禁止を命じる。クラモチは、大丈夫だ」

乱暴な口調からは信じられないほど優しくクラモチを抱き上げる。その体にはシャツの上から新しい布が巻かれた。

「いや……隊長、だってそれ、は」

アークライトが少し青ざめてクラモチを指差す。

布にくるまれたクラモチの背中はもう見えないが、目に映ったあれは、かなり酷かった。

そう、生きているのが不思議なほど。

「ノックス・アークライト。アルベルト・グリーン。再度言う。このことは他言無用だ。わかったな?」

「ですが……せめて、ガルセク医師にだけでも、伝えるべきでは?」

ガルセク医師は、クラモチの担当医だ。

「あいつはすでに知っている。……安心しろ、こいつのことはすべて把握している」

そう言われて、しぶしぶ引き下がる。

「わかりました。他言はしません。………ですが、クラモチ伝令役の怪我の理由は、教えていただきます」

アークライトが隊長を睨み付けて言う。強い目だ。

しかしそれを隊長は受け流した。

「クラモチの過去に関わる話だ。俺には守秘義務がある。よって、許可できない。話は以上だ。部屋へ戻れ」

命じられたアークライトが、強く奥歯を噛み締める音を、聞いた気がした。

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