月が覗き込む
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拙い文章ですが、お付き合いください!
「何すんじゃい!」
これが目を覚まして言った私の第一声。
うむ、こんなにはっきり寝言を言ったのは恐らく私の人生で初めてであろう。
飛び起きると、どうやらソファに寝かされていたらしく、向かいのソファにコスプレ男、もといデリカシー無男がゆったりと長い足を組んで座っていた。
名前? 呼んで差し上げませんよ。
余裕そうなのがむかつく。何見てんだ!
文句を言おうとしてズキッと首筋が痛む。
この野郎。全力で叩きやがって。
「あ、あんた……」
「先程、奴隷商の奴等に確認を取ったらお前のことなんか知らんと言っていた」
男の涼やかな目が私を映す。
そらそうだ。私だって知らん。
「だから言ったろ。俺は関係ないって」
男がカップに入ったコーヒーらしきものを飲む。
「しかし入り口を見張ってた奴はお前が中に入っていくところなんか見てないと言っている」
それを聞いて、まったく別のことに思い至る。
そうか。私は、単純にあの場から逃がせばなんとかなると思っていたけど、そりゃ当然出入り口に見張りはいるよね。もしかして、こいつらが来なかったら、あの女の人達はまた捕まってたんじゃないの?
ガクリと首を落とす。
自分の頭の足りなさにがっかりだ。
「他の出入り口の奴もだ。隠し通路も調べたが見付からなかった」
そしてこちらが落ち込んでいるのが見えているのにも構わず言ってくる男にムカついた。
要するに何が言いたいわけ?
「で?」
「お前、何者だ? 何故あそこにいた?」
鋭い目に射抜かれる。
疚しいことなんかしてないのに、恐くなる。何もかもを見透かされているような気分だ。
「……っ、そ、れはこっちが聞きたいよ。あそこって何。つーか、ここどこ。いつの間に日本は堂々とコスプレ人が歩くようになったの。なんで、」
なんで、あんなおかしな現象が起きるの。
それが言えずに呑み込む。
それを訊いたら、目をそらせない現実を叩きつけられる気がする。
「ニホン? なんだそれは」
「は? 日本だよに・ほ・ん! 地球の東方の国! アジアの!」
「チキュウ? アジア? ……何の話だ」
こいつ、ふざけてんの?
いや、それにしては、真面目というか。 なりきってんの?
「何、じゃああんたがいるこの国は何て言うわけ?」
「エクスミリア王国だ」
「そう、エクスミ……んえ?」
私の口がパカッと開く。
今、なんと言った。
「大国エクスミリア。いくらなんでも国名くらいは聞いたことがあるだろう。ここは王都の俺の屋敷だ」
はー!? どこよそれ!
聞き慣れない国名にドクリと心臓が跳ねる。
「に、日本でしょ? 日本だって言ってよ!」
ソファから転げ落ちるようにして降りて、男に詰め寄ると、やつはふと優雅に首を傾げた。
「ニホン」
「違うわバカ! そういうジョークを期待した訳じゃない! 意外とボケキャラか!」
「は?」
目の前の男が不機嫌そうに眉をしかめる。
言えと言うから言ってやったんだろうと、その表情が雄弁に語っている。
お、落ち着け。この男が、本当に私とは次元の違う世界にいると思い込んでいるのなら、私はそれを否定しない方がいいんじゃないの? だって、ほら。ここが日本じゃないなんてことがあるはずないし。―――まして、異世界だなんてことも。
ギュウと無意識の内に指を強く握りこむ。そうしないと手が震えそうだ。
で、でもこいつ、エ、エクスミリア王国ってことを信じきってるし。夢は壊さない方がいいよね!
そうして男の返事を拒否しようとした瞬間、突然強い力で頭を押さえられた。
「何か失礼なことを考えているだろう」
「い、いや。そんなことは」
ないっす、はい多分。
「信じられないなら地図を見せてやろう」
男がドアの外に控えていたらしい人に言って地図を持ってこさせる。
目の前に広げられたそれを見て、私は絶句した。
「日本が、ない……」
それどころか、知ってる国が一つも存在しない。
…………よ、
「よくできてるなぁ」
「こうまでしてもまだ信じないか」
怒りのこもった声音に慌てる。
「だっ、だってっ、だってっ! これが、本物だって言うなら」
そう、これが本物だと言うならば。―――日本は、どこに消えた? というよりも―――ここは、もしかして、本当に異世界なのか?
男が魔法と言ったものが頭をよぎる。火の球に、消える獅子。
「だって」
え? じゃあ私は、見知らぬ場所に、得たいの知れない何かがある世界で一人ってこと?
突然体が浮いたと思ったら、男が私をまた担ぎ上げていた。
「うわっ!?」
「現実を見せてやる」
男が部屋を出てそのまま階段を登り、一つ上の階の扉を開けた。どうやら二階建てらしい、と現実逃避気味にぼんやりと思う。
降ろされ無理矢理首を動かされる。
「見ろ。―――これが現実だ」
屋上。そこから見えたのは―――異常に近い月と、見知らぬ街並みだった。
次回、ちょっとシリアス。