秘密
お久しぶりです。緋絽と申します。
新学期は大変ですけど、楽しいですね!
私はこっそり治療所に滑り込んだ。
そこに誰の姿もないことに安堵する。
いや、ブラン君の反応を確かめに来たんだけどさ。いざとなると心構えってものがね?
私が目を覚ました時。多分あの時点ですでに、ブラン君は私が女だと気付いていたはずだ。それなのに、今のところ特に何か起きていない。ブランが口を閉ざしてくれていると考えるのが自然だろう。
そこが、わからない。
ブラン君は可愛い。そして何より優しかった。だから、私はブラン君に好印象を持った。
だけど、それが表面上だけだったら? レオンに伝えるまで、私を逃がさないための態度だったとしたら?
お腹が、引き絞られるようだ。
能天気に見えても、結構真剣に悩んでいるのだ、私は。追い出されて、寝床も食事もなくなったら、現代っ子な私は冗談ではなく死んでしまう。
「どうしよう…」
このまま、考えすぎだとノックス達のところへ戻ろうか。
でもそうやって放ってて、レオンに伝わったらと思うと、引き返せない。
深く息を吐いたところで、肩を叩かれた。
「ハァールキィ。何してんだ?」
「ギャアッ! ラ、ラララ、ランセル! 驚かさないでくださいよ!」
真っ赤な髪の男が後ろからこちらを覗き込んでいた。
「うわひっで。肩叩いただけだろーが」
頭をグリグリされる。
「いたたたた!」
痛いって!
「ほーれ早く言えー」
「お、俺は、ブラン君に会いに来たんです!」
だから離して! 切実よ、ほんと!
私の返事に、ランセルは納得したように手を離した。そして背中にいた人物を前に引き出す。
「ブラン、客だぜ」
「うわわ、え、襟を掴まないでくださいー。首が絞まっちゃいますー」
「わりぃ、わりぃ」と適当に謝るランセルの前に、フワフワした茶髪の男の子。
───ブラン君だ。
目の前にしたら、固まってしまった。
あぁ、私、よく考えたらメンタル弱かったかもしんない。緊張すると、何もできなくなるタイプの。
私を見て、ブラン君が優しく微笑む。
「わぁーこんにちは、ハルキさん。あれからお加減はどうですか?」
「え、と……」
口が回らない私に、どうやらブラン君は言いにくいことを言うのだと思ったらしい。
少し緊張した顔になって、言った。
「すみません、ランセルさん。二人にしていただけますかー?」
ランセルに微笑みながら人払いを頼んだ。もちろん、ランセルも退出だ。
「ハイハイ。じゃな、ブラン」
ヒラヒラ手を振りながらランセルが出ていく。
そういえば、ランセルとブラン君って仲いいなぁ。性格的には間逆なような、似ているような感じだけど。
「どうぞ、お座りください。…………ええと、ぼくにお話があるんですよね?」
「あ、うん……」
勧められるままに椅子に座ったはいいものの、なんて切り出せばいいかわからない。
黙りこんでいると、ブラン君が顔を強張らせていった。
ぎゅっと強く指を握り込む。
「あの……大丈夫、です。確かにぼくが治療しましたけど、ぼくが調合したものじゃなくて、ちゃんと、治療所長が調合したものを使いましたし、それ以外と言えば包帯くらいしかぼくが用意したものはないです」
「え?」
斜め上の言葉が降ってきてキョトンとする。
ブラン君を見ると、寂しそうに微笑んだ。
「話を、知っちゃったんですねー。申し訳ないですー。ぼくが治療したの、気持ち悪かったですよねー」
え? え? 話を知っちゃった? なんのこと?
私は内心激しく動揺した。
気持ち悪かったとは何ぞや。治療してもらっといて、気持ち悪いとか言うわけない。むしろ私は彼を気に入った方なのに。
「気持ち悪いって、なんのこと?」
「え?」
え?
今度は二人揃って首を傾げた。
「ぼくのことが、怖いわけじゃないんですかー?」
「失礼だけど、ブラン君のどこに怖がる要素があんの?」
こんな優しげな笑み浮かべといて。いや、そりゃまぁ上辺だけの表情なら怖いけど。
唖然とした顔をしたブラン君が、今度は嬉しそうに笑った。優しい雰囲気が溢れ出すような笑みで、悶えた。
「ふふ、ありがとうございますー」
うーん、怒らないなんて、人のできた子だ。15歳なんて、粋がってなんぼみたいなイメージあるのに。
「では、お話とは?」
首を傾げるブラン君の言葉に一気に現実に引き戻された。
「あーっと、…………えーっとぉ」
どう、切り出すべきか。そもそも、切り出さないでおくべきか。
「ゆっくりで構いませんよー。ぼく、このあともう診察ないですからー」
ほわほわした雰囲気のブラン君を見てると、なんとなく覚悟が決まってきた。
そうだ。ブラン君が上辺だけなんてことがあるはずがのない。きっと頼めば、黙っててくれる。
だって、あれだけ丁寧に手当てしてくれてたんだから。
「あのさ……ブラン君は、その、俺の秘密って、もう知ってる?」
「秘密、ですか?」
首を傾げたブラン君に、もしやと希望を持った。
あれじゃない!? ものすごいブラン君が鈍いとかで、気づいてないんじゃない!?
「もしかして、性別のことですか?」
まぁ、そんな願望は呆気なく崩れ去る訳だけど。
「う、うん……あのさ、これは、その騙したかったとか、それこそ怪しいことじゃなくて」
いや怪しいことこの上ないけど。下手したら、なんかの諜報員だとか思われるかもって、今更ながら気付いちゃったわけで。
言葉に詰まった私に、ブラン君は心得たように優しく微笑んだ。
「安心してくださいー。疑ったりしてませんし、ぼく、言いませんからー。きっと、深い事情があるんでしょう?」
「あ、まぁ……」
深いっちゃ深いような、そんなことないような。
「これからは怪我したときはぼくが見ますー。それなら、ばれる危険性も少ないですよねー?」
「ほんと!? ありがとう、助かるよ!」
手を掴んで言うと、驚いたように瞠目したあと優しく微笑んだ。
「とんでもないですー。あ、でも、ぼくのところに来るのが辛くなったら、お手紙くださいー。ぼくが他の人にお薬頼んでこっそり届けますからー」
「何、それ?」
詳しい概要を聞こうと思ってそう言ったのに、ブラン君は微笑むばかりだ。
「ち、ちなみに、レオンには言ってる?」
「え? …………カエンベルク隊長、知らないんですかー?」
まじまじと見つめられて居心地が悪くなる。
う、だって、先に男と勘違いしたのはあっちなわけで。私は、自分の身を守るために、それに便乗しただけというか。
…………本当は、言わないといけないことはわかってるんだけど。もう少しだけ。
「できれば、言わないでもらえると助かるんだけど……その、ここ以外、行くところなくて……」
“訳あり”な感じを押し出す私は、間違いなく卑怯だ。
でも、何がなんでも、ここから出ていくわけには行かない。
恩を返すと決めたのだ。今のところ役に立てそうなのはこれくらいだし。金は多分、レオンは困ってないから、お金を仕送りするのとかむしろいらないだろうし。
「はい、わかりました。秘密にしますー」
「ほんと!? ありがとうブラン君!」
飛び上がらんばかりの私に、ブラン君は笑みを返した。
「ところでハルキさん、ぼくは食べてきたんですけど、夕食はもう済ませたんですかー? あとちょっとで食堂閉まっちゃいますよー」
「え、嘘!」
それはいけない! お腹が空いたら明日に影響が出る!
「ごめん、ブラン君! 戻るね!」
「はい、………あ、ハルキさん! もし、どこかが痛んだら、すぐに、すぐに必ず言ってくださいね!」
すぐに、を強調するブラン君に首を傾げながら私は頷いた。
ブラン君は心配性なのだろう。
「はーい!」
治療所を飛び出した私は、ブラン君が私を心配そうに見ていることに気づかなかった。




