白
お久しぶりです! 緋絽と申します!
気持ち的には新章突入です!
少女は差し出された手を、嘘だと思った。かつて少女に伸ばされた手は、彼女を痛め付けることしかしなかったから。
人の手が、そんな優しい動きもできることを、少女は知らなかった。
自分の両側から差し出された二つの手を見比べ、彼女はついに一方の手を選ぶ。
優しく抱き上げられた少女は、温かくて自分をすべてから守ってくれそうな腕の中で、初めて大きな声で泣いた。
「いやーーー! 引ったくりーーー!」
女の人の叫び声に、私は走り出した。
「ハルキ!? ちょっ……待てって!」
ノックスの声が聞こえるが、それを振りきって声の方に先回りする。
だって何故ならば私は騎士団二番隊。城下の治安を守るのが仕事!
向かいから男が走ってきた。よくよく見れば片手に刃物。おい、マジか。人質取られたら面倒だぞ。
「どけえええ!」
ふっ、なんだろう。このよくありそうな展開。
私はうっすら笑みを浮かべて突っ込んできた男を受け止めた。
周りから悲鳴が上がる。端から見れば刺された人なのだろう。
だが私は、腕を掴んでそのまま一本背負いをかました。
「うわぁっ」
叩きつけた男をひっくり返して手錠をかける。
この世界にも魔導式の手錠があって助かった。ほどけないように縄でくくれとか、技工的なものは私に求められても困る。
荷物を叩いて土を落とすと、丁度荷物を取られた女の人が追い付いた。
案外若い。いや多分私よりは年上だけど。
「騎士様、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
ペコペコ頭を下げられる。
「いいえ。お役に立てて光栄です」
笑いかけると、女の人が顔を赤くした。
「そんな……騎士様がそんなこと仰らないでください」
あれ? 騎士ってもしかして位高い?
顔を下げた女の人に荷物を渡すと、腕に怪我をしているのが見えた。
男の刃物がかすったんだろう。
私は女の人の手を取った。
「怪我を……あいつ、こんなに華奢な女性にすら刃物を向けてたのか」
私? 私も本当は女性なんですけどね! どうやるぁ? 私は男に見えるらしいですかるぁ? 今回は除外してやるよぉ!
「あ…あの……」
私はハンカチを取り出して女の人の傷にあてる。
ちなみにハンカチは支給品です。怪我をした時に応急処置できるように装備するもので、使い方は間違ってない。
「申し訳ありません。私の力が及ばず、貴女に怪我をさせてしまった……どうか、これで血止めを」
「あ、ありがとうございます…なんてお礼をすればいいのか」
ペコリと頭を下げた女の人が照れたように微笑む。
ギャーーー! この人、可愛いー!
「貴女のその素敵な笑顔が見られただけで、充分頑張った甲斐がありました。では」
敬礼してその場を離れ、ノックスの側に戻る。
ノックスはあの後、無事に魔力も戻り、通常通りに過ごせている。どうやら私の魔力を流すことができたらしい。よかった、よかった。
主だった怪我といえば、今は死人に噛まれた傷に包帯を巻いているくらいだ。
「おいハルキ。お前相当な女誑しだろ。向こう、悲鳴あがってんぞ」
ノックスが呆れた顔して私に言う。
「はぁ? たぶらかしたことなんかねーよ。あれは俺の本音だっつーの」
いいよねー女の子。可愛いしほんわかしてるし。私もあんな風になりたかったような気はする。
でも髪短い方が向いてるし、何より動きやすかったし。服装だってスカート嫌いじゃないけど、やっぱり髪型に合わせてズボンが多かった。格闘技してるのにフンワリスカートとか柄じゃないし。
ちょっとした悩みだったこともある。一度ワンピースを着て、あまりのちぐはぐ感にドン底まで落ち込んだ。だから、それから私は決めたのだ。ズボンを履いて生きようと。
そして自分には言ってあげられないぶん、他の子に可愛いって言おうと。そうだ、女の子は私の潤いだ!
───ただ。
「ふーん。お前って見かけによらず女たらしなんだな」
「何を言う。あれだよ……女の子ってさぁ可愛いじゃん?」
見た目が可愛い子もいいものだけど、そうでもない子もそれぞれの愛嬌というものがある。それが笑顔だったらもう文句なしにいい。
「あぁ、まぁ、可愛いのもいるな」
「だろ? だからさぁ…………何話していいかわかんないんだよね」
「はん?」
ノックスがキョトンとした。
いや、だってさ。私は他の子と違ってプロレスとかボクシングとか、そういうのが好きで、あんまり女子との話題がなかった。周りの子がお喋り好きだったおかげで孤立したりはしなかったけど、正直男子の中にいたときの方が饒舌だった自覚がある。
女の子を前にすると、緊張するのだ。
所々をぼかして滔々と語った私に、ノックスは肩をすくめる。
「はぁ、面倒だな、お前はよ。ま、一人で動いた言い訳はちゃんと用意しとけよな」
「へ?」
ノックスが目の前で欠伸をし、顎で私の後ろを示した。
私はぎこちない仕草で振り返る。
首から腕をつったアルベルトが神々しいほどの笑みを浮かべていた。
「クラモチ。君は、班員と協力することの意味を、まだ理解していないのか?」
「ごめんなさぁぁあああい!」
大蛇に噛まれて毒に冒されていたはずのアルベルト曰く、君は七属性の魔法が使えない上に、後衛が放った魔法も吸収する可能性があるのだから率先して行くべきではない。一般人に当たったら怪我する? もし犯人が一般人じゃなかったらどうするつもりだ、そもそも犯人に情けをかけていると捕まえられるものも捕まえられないだろう、死なない程度に攻撃して足を止める必要があるときは少なからずある、だからもし犯人が魔法を使えることを加味して数人にわけて巡回しているのに、君が一人で動いたら意味がないんだ、云々かんぬん。
くどくどと長いこと説教をされた。
「第一! 君はこのところ何かおかしい! 理由は何だ、言ってみろ!」
「う。そ、それは……」
レオンのことがあるからです。何も考えなくていいように色々ぼっとうしてました。やけくそです。
なんて、口が裂けても言いたくない。特にレオンとのことを突っ込まれたら舌を噛んで死ぬ。
目を逸らして他所を見ていると、ふと女の子が目に映った。
なんとなくクリーム色に見えなくもないが、ほとんど白に近い髪の10歳くらいの女の子。簡素というか、襤褸に近い長袖のワンピースを着ていて、フラフラしている。今にも倒れてしまいそうだ。
「クラモチ! 聞いているのか!?」
「悪い、アルベルト! 後でちゃんと聞くから!」
私は女の子の元に駆けた。丁度大きく女の子の体が傾ぐ。
「おわっ!」
慌てて抱き止めると、あり得ないくらい軽かった。
私の従姉妹がこの子と同じ歳くらいだけど、もっと重かったように思う。それにこの子、よく見たらガリガリだ。
閉じられていた女の子の目がうっすら開かれる。
「あ! よかった、気が付いた?」
「あ……」
パッと女の子が私から離れた。
「ごめんなさい」
きつく服の裾を握りしめる。その長袖から覗いた腕に、何かの痕があった。
…………青アザ?
私は敢えて膝をついて女の子の手を取る。
やっぱり、青アザだ。それだけじゃない。擦り傷もいっぱいある。
「気にしないで、お嬢さん。大丈夫? お母さんや、お父さんはどちらに?」
「お母さん……お父さんは……」
ぼうと目を昏くした女の子は、遠くに意識を飛ばしているかのようだった。
「……お嬢さん?」
私の言葉に瞳を揺らした女の子が口を微かに開いた瞬間、大きな声がそれを遮った。
「あらやだ! 騎士様じゃないか!」
ぐいっと女の子が後ろに引かれ、その前にオレンジの髪の恰幅のいい女性が立った。
「貴女のお子さんですか?」
「ええ、まぁ……この子が何か粗相でもしましたでしょうか?」
「いえ、そのようなことは……」
私の台詞にホッと顔を緩ませ、次いで愛想笑いを浮かべる。
「申し訳ありません。このお目汚しはすぐに引っ込めますから。ほら行きな! トロトロしてんじゃないよ!」
女の子の細い体が折れそうなほど力を込めて叩き、追いやる。
この国では奴隷制度はない。だからあの時、レオンはあいつらを捕縛したんだから。それに普通の町人に、奴隷を買うことができるほどのお金があるとも思えない。
じゃああれは、本当の自分の子供に対してやってるっていうの?
───お目汚し? それを堂々と、騎士である私の前で言うの?
最後まで目が合わなかった女の子が、意識の端に引っ掛かった。




