魔法
ご無沙汰しております、緋絽です。
今回は説明回です。
「隊長っ!」
レオンの執務室のドアをけたたましい音をたてながら開けて中に転がり込む。
「おわっ、ど、どうしたハルキ」
ロイが音の大きさに驚いて肩を跳ねさせた。
うん、ごめんね副隊長! でも、命の危機なんだ!
「ハァルキー、ノックしろよー。失礼だろ、上司に」
ランセルがソファに横になりながら言う。
その上司の部屋でゴロゴロしているあんたにだけは言われたくない。
「クラモチ、うるさいぞ」
眉をひそめているレオンに近寄る。
「た、隊長っ、どうしよう」
まだ文句が言い足りないような顔のレオンが、私の蒼褪めている顔を見て片眉を跳ね上げた。
そして、―――私の後ろ首に手を回してグイッと引き寄せた。突然のことに耐えきれずレオンに倒れこむ。フワリと石鹸のような香りがした。
ぎゃああああああああああああ! 香りとか! 変態か私!
端から見ると抱き締められているように見えるだろう。
「何してる。しっかり立て」
「すっ、すみませんっ」
つーかっ、あんたがいきなり引っ張るからこういうことに!
そう怒鳴り返そうとして再び強く首を押さえられた。
「―――異世界から来たことが、関係あるか?」
耳元でボソリと囁かれて顔に熱が上がる。
やーめーろー! なんかっ、あんたの声は腰にくる!
「う、あ、」
「どうした、早く言え」
怪訝そうにしてんじゃないわよ! そんで近い! なんであんたと話すといっつもゼロ距離なのか!
「わ、わかりませ……っ、ていうか、離、して」
体を離そうと手を突っ張るが、簡単に押さえ込まれる。
「聞かれていいのか阿呆。余程、どこかおかしいと後ろ指を指されたいらしいな」
ヒイイ、首はそれ以上は下にいきませええええん!
「す、みませんっ! 魔法のことです!」
小声で叫ぶ。
だから離せぇええええ!
「なるほど」
え? 何が?
ようやく離されて顔を上げると横に押し退けられて床にダイブした。
「うわっ!」
「それぐらい受け身とれ」
んな無茶な!
「魔法のことならランセルに聞け。制御で苦労した分、俺よりも詳しい」
「あ? 何?」
自分の名前が出てランセルが体を起こす。
「あ、えっと」
どうしようとレオンに目をやるとランセルに向かって顎をしゃくられた。
くっ、顎ですんな! いつか覚えてろ。
「……その、俺、魔法使ったことなくて。レオン、あ、いや隊長は魔法使えるって言うんですよ。でも、魔力の感覚すらわかってなくて」
「へぇ、魔法使ったことないやつなんているんだなぁ」
ロイが驚いたようにそう呟く。
やっぱり、あんまりそういう人はいませんか、そうですか。
「ふーん。なぁ隊長ー。こいつ、ほんとに使えんだろうな?」
興味なさげにランセルがレオンに聞く。
そうっ、それ、私も思う!
しかし、レオンは自信満々に頷いた。
「あぁ、間違いない。例の人身売買の時、こいつだけ魔手に捕まっていなかった。無意識的に発動していたということだ」
ピクリとランセルが反応して、私を見つめる。それはなんだか、遠い昔の苦い記憶を思い出しているような表情だった。
「……へぇ。そんで?」
なんだろうと首を傾げていた私にランセルが先を促す。
あぁ、はいはい。
「その、てことは俺、魔力制御の方法教えてもらったことないってことじゃないですか。魔力制御できないと、最悪死ぬってさっき聞いたんですけど……」
私の言葉にロイが目を剥く。
「制御もしたことないのか!? ……あぁ、いや、そうだな。魔力の感覚すらわからないんだったっけ」
そしてしげしげと私を上から下まで見た後に、「よく生きてたなあ」と呟いた。
え、や、ややや、やっぱり制御できなきゃまずいですか! 死にますか!
「レ、レオン……」
泣きそうです! 助けて誰か!
レオンの方に涙目で助けを求めると、ふんと鼻で息をつかれた。
そして、ワシワシと頭をかき回される。
何だ!? く、首が!
「安心しろ。お前はランセルと同じ先天性型なだけだ」
最後にバスバス頭を叩かれ解放される。
痛い! 先天性型って何!
余程不可解そうな顔をしていたのか、レオンが私の顔を見た後にロイに向き直った。
「ロイ、こいつに魔法の基礎的なことから教えてやれ」
「え? 基礎的って、属性のところからか?」
レオンが頷く。
「ええと、流石に知ってるとは思うんだけど魔法には属性があってね」
すみません、知りません。
ロイもレオンと同じように私の顔を見た後に苦笑した。
「火・水・雷・土・風・光・闇がだいたいの属性なんだ。この属性の持ち主は後から誰かに教えてもらって始めて魔法の使用法を取得することから“後天性型”と呼ばれる。ちなみにおれは光でレオンは水なんだけど、あくまでこの七つの中で一番得意な属性ってだけで、必ずしもこれしか使えないってわけじゃないんだ」
うーん? 得意科目みたいな感じかな? 他も少しはできるけど中でもこれはできるみたいな?
「多くの人はこの七つの属性を持ってるんだけど、稀に例外の属性を持っている人がいるんだ。ハルキとランセルは、それに当てはまる」
「え?」
ランセルも?
ランセルを見ると、顔を背けて耳元のピアスを触っていた。
「七つの属性に当てはまらない特殊な属性。それは人によって違って、今のところ同じ属性のものはいないとされている。その持ち主は、先天的に魔法の使用法を取得していることから“先天性型”と呼ばれるんだ」
え? じゃあ、私も先天性型とレオンが言っていたということは。
「ハルキの属性は無効化。珍しい属性の持ち主はだいたい魔力が多いけど、制御しきれずに暴走することは滅多にないんだ。生まれながらに魔法の使用法がわかってるから、どれくらいの魔力を使えばいいか本能的にわかってるからね。だから、魔力制御もコツをつかめば簡単にできるんじゃないか?」
ロイが柔らかく微笑む。
ありがとうございます! 少し安心しました!
「その例外がここにいるから断言はできんがな」
レオンがランセルに目線をやってからそう呟いた。
「例外?」
思わず聞き返すと、ランセルがピアスを示す。
「これ、制御装置なんだよ。残念ながら、オレは制御しきれない方だったわけ」
肩を竦めるランセルに、先程の痛みをこらえたような表情は見られない。
なんだったんだろう?
「ランセル、明日からこいつに魔法の稽古をつけてやれ。先天性型だからそう時間はかからんだろう。一週間で使い物にしろ」
「オレと同種だったら? あんたはどうする?」
憐れむような顔のランセルに頭を撫でられる。まるで、護るようだ。
だから、なんでそう苦しそうな顔をするのか。
「使い物になるまでしごかせる。お前の制御装置を貸してやるといい」
「……簡単に言うなよなあ」
何故だか笑顔になったランセルが、妙に印象に残った。