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前勇者と生活と前後の違い

 少しばかり思い出話をしようと思う。


 勇者、と言うかいきなり異世界への旅立ちを強制され、冒険を続けた後なんとか元の世界に戻ることができた俺を待っていたのは、疲れ切った表情でうなだれている両親の姿だった。

 今でこそ俺のことを『行ってこい!』と手を振って送り出したが、いきなり息子がいなくなり、いくら待ってもいくら探しても見つからない戻らない事に焦り、悲しみ、焦燥感を抱いていた。

 そんなことはつゆ知らず、普通にただいまぁと帰った俺に一発ビンタ。そのまま抱きついてきて泣き出されてしまった。


「ごめん……ホントに、ごめん」


 その時はただただ誤り続けることしかできなかった。

 あんなに憔悴しきった様子を見せられては、他に何も言うことはできなかった。


 と、ここまでは普通にしていたんだが、俺がいなくなったのはかなり前のことで、それまでの間に両親が周辺の住民や俺の友人同級生各位、果てには警察に捜索願を出さないわけもなく。

 いきなりフラッと帰ってきた俺の姿に、周辺地域には騒然とした空気が流れ出した。

 そしてそれを敏感にかぎ取ったテレビ局の人や取材で訪れる人が多くなり、実際にテレビで俺のことまで放送されるまでに至った。

 こんな状況に陥ってしまったからには安易に外に出ることもできず、ただ家の中でのんべんだらりとゴロゴロする日が続いたのだが。

 さすがに両親にそんな人たちの相手を毎日させるわけにもいくまいと立ち上がり、勢いよく『俺が木村生死です!!』と飛び出していったその目の前には──


「ああ、ちょうど良かった。見ての通り、私はこういう者なんだが」


 と、目の前にいた制服姿の見た目若い感じのする男性が胸ポケットから手帳のようなものを取り出し、広げて見せたそこに書いてあった文字は、


「警察?」

「そ。こんな状況だし、君がここに帰ってくるまでに何があったのか話してもらいたくてね。その間、君とご両親のことは厳重な体制で警備するから安心してくれ」


 周りを見渡す。

 良く見慣れたご近所さんたちがこちらを見ながらひそひそと会話している。

 ──安心してくれとは言われたものの、この後警察から解放された後のことを考えると憂鬱なんだが、警察じゃあさすがにそこまで面倒見てくれないだろうし。

 ……嗚呼、何故俺は思い立ってしまったのか。いや、思い立たなくとも問答無用で連れ出されていたか?

 国家権力には逆らいたくないし、それができるだけの身体能力は身についたと思っているが、何十万も敵にまわしたくないし、これ以上両親に迷惑をかけるわけにもいくまい。


「……わかりました。行きましょう」

「お、それじゃあ早速行こうか。さすがにこれじゃあ気を抜いて楽に、とは言えないが別に緊張しなくても……と言っても無理か?」


 この時ばかりは、妙に馴れ馴れしいこの男性を殴り飛ばしてやりたくなった。




「いや、わかんないっす」


 目の前に出された緑茶をすすりながら、目の前で腕を組んだままの若い取り調べ官の人にそう言った。

 どうせ正直に喋ったところで信じてくれないだろうと思っているのが正直な気持ちだ。

 もしぺらぺらと向こうの話をし出したら、それこそ一日じゃ全部を語り尽くせないし、俺が感じたことを一言一句正確に伝えたところで精神科のある病院へと連れて行かれるのがオチだ。


「正直に話してくれても大丈夫だ。ここで君が話したことは誰にも言わないし、私以外に話を聞いている人もいない」

「ワーオ……言い慣れてますね、そのセリフ」

「……何が言いたいんだい?」

「だいたい、そう言うセリフを普通に言うことができる人を俺はあまり信用しない事にしてるんで。貴方は仕事で俺の話相手をしているかもしれないですが、別に俺は漫画であるような人体実験をさせられてたわけじゃないですし、悪さを働いたわけでもない。実際に逮捕状だって出てないでしょう?」

「確かに、その通りだが」

「じゃあ俺から話すことは何もありません。これは、俺が話したくなくて黙秘権を使いたいとか考えてる訳じゃない」


 乾いた口内を潤すために緑茶を口にする。


「それじゃあ、私が聞いていたことはここで止めにして、質問の内容を変えることにしようか」

「どうぞどうぞ」


 組んでいた腕を解き、指を絡ませた。

 ゆっくりと何を聞こうか考えているんだろうが、その一つ一つの行為、仕草に作為染みたものを感じるのは俺の偏見だろうか。


「君は、居なくなる前はよく家の中にいて遊んでいたそうだが……今は見るからにアスリートの体つきだが、何か、してたのかい?」

「運動」

「そうか……運動か」


 明らかに納得してない表情だ。

 まあ、向こうの世界に行く前よりも筋肉はついたし、何故か少しばかり身長も伸びた。

 アスリート、か……特に就職することも考えてないが、正社員として雇ってくれるところも無さそうだったらそっちで頑張ってみようか。何しようかな。


「そうです。

 ところで、他愛のない話しから急に核心を突くような話題ができればと思ってるんでしょうが、そんなことしても俺は本当に他愛のないことしか話せませんし、これ以上無駄な問答が続くんでしたら帰らせてもらいたいんですが」


 本気で帰ろうとは思ってないが、それぐらいのことをするという気を見せるためにおもむろに立ち上がる。

 作為染みたものなんて思ったが、俺自身そういうことをするからそんなことを感じてしまうのだろう。まあ、だからと言ってそれを直そうとは思わないが。


「まあ待ってくれ。そこまで宣言されちゃこちらとしても困る。それに、今ここを出たところで待っているのは多くの記者たちだよ? 私の話相手をするより面倒だと思うんだけど」

「いつ帰ったって出入り口には記者がいると思っていれば通らなくてはならない道。邪魔だったらショルダータックルかましてでも押し通ります」

「ちょっと! あまりそんな暴力沙汰になるようなことうちの前でしてほしくないんだけど」

「なら、聞きたいことだけ聞いて、早く俺を解放してくださいよ。少しずつフラストレーションだけ溜まってって仕舞いにゃ爆発しますよ?」

「おおぅ……そんな言葉をこの場で聞くのは初めてだ。わかった……じゃあ次の質問で最後にするよ」


 警察だから大人しくしているだけ。

 昔の俺じゃあ考えられないことだが、今の俺だからこそ普通に脅すようなことが言える。それなりに死線を潜り抜けてきた賜物だと、とてもじゃないがこの時代、こんなことを胸張って言えるような場所はない。

 それこそ、海外で傭兵でもやってたのかと言われてしまう。……ある意味では間違ってないが。


「君と、同じような状況の子がいるんだ」

「俺と?」

「そう……君が数年前に居なくなったときと同じように、綺麗さっぱり痕跡も残さず。まさに、神隠しにでもあったように煙の中に、だ」


 正直驚いた。

 もしかしたら俺がいたあの世界に行ってしまったのかもしれない。が、今の俺だからこそ考えられることだが、もしあの世界以外の異世界が存在するとするなら、その子が無事帰ってこれるとは断言しにくい。

 神隠しと言うが、そこは神ではなく、その子の生命力に期待するとしよう。


「ふ……言い得て妙ですね。ですが、俺から言えることは何もありません。俺がここに居なかった間普通に過ごしてきて、そしてここにいる。なら、その子が俺と同じように元気な姿で帰ってくるのを待っていればいいんじゃないですか?」

「……そうか。しかし、もしもということがある。何か、何でもいい。他愛のないことでもその子の情報を見つけたら私に電話してくれ。君に、私の携帯の番号を教えるから」


 名刺入れだろうか。

 警察手帳が入っていた方とは逆側の胸ポケットから、それなりに厚くなった折り畳み式の物から一枚名刺を抜き取り、そこにボールペンで番号を書き始めた。


「そう言って、貴方がよく利用しているキャバクラかどこかの風俗店の番号教えようなんてしないでくださいよ」


 暇なんで他愛のないことを言ってみることにしてみた。


「んなっ!? あいや、何でもない」


 すると、予想以上に動揺し、書いていた途中だった数字を書き損じた。

 その様子の一部始終を見ていた俺は、もう少しからかってみることにしようと、思いついたことをそのまま口にした。


「つまり、行ってるんですね。妻子もいるのに」

「何故そのことを!」

「……警察官で取り調べをする側なんですから、いち一般庶民のかまかけに引っかからないでくださいよ。これからの貴方の出世が心配です。……まあ、無理かもしれないですが」

「そんな後ろ向きなことを言わないでくれ!……嗚呼、なんて俺はバカなんだ」


 さすがに、手を顔に当ててうなだれているこの人に『そうですね』と追撃をかけることはしなかった。これ以上ダメージを負わせると手痛いしっぺ返しを喰らいそうだし、何より(ねじ)れ国家じゃない、話しをこじらせたくはなかった。

 その後、男性から名刺を受け取り、警察署という息苦しい場所から解放され、送っていくという申し出を断って歩いて家へと帰ることにした。

 そしてそこで待ちかまえていたのだろう記者に捕まり、近くのカフェへと連行されるのだった。

 ……その記者が綺麗な人で、俺の腕を掴んできたときに良い香りがしたのに少々ヤられてしまったというのはリーシャには言えない秘密だ。

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