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前勇者と前魔王と置いてきぼりと

「すまん、取り乱してた」

「いえ、私は問題ありません」


 セリカは特に気にした様子も見せずに待っていてくれた。

 どうせいつものことだと思っていたに違いない。自覚はあるが、周囲から見ると俺たちはバカップルだろう。

 リーシャは一目惚れしたと告白してきてからほとんど毎日俺の周りをふよふよしている。ふよふよというのは擬音だが、魔王であるこいつは魔力を用いて浮かぶことができる。まさに昔から良く知る高圧的な魔王様だ。

 普段は「うにゃぁ」とか言って甘えてくる猫みたいな奴だが。

 そしてそれをいつも見ていたセリカだ。もう、慣れてしまったんだろう……すまん。俺だったら所構わず口から砂糖吐き出すか、嫉妬の炎で焼き尽くしているんだが。


「それで、何かあったのか?」

「ショージ、そこにいる勇者たちはそのままで良いのですか」


 一度、ちらりと視線を向ける。

 顔を真っ赤にする(うぶ)な奴、興味なさそうに周囲を見渡してる奴、


「知らん。主に俺のせいだが問題ない。話を進めてくれ」

「分かりました。実は「帰ってきたぞぉっ!!」……残念ながらデスタ様が帰ってきてしまいました」


 本当に残念そうな表情で声のする方へと視線を向けるセリカ。

 確かにあの暑苦しい外見とどうしてああなってしまったのか分からない性格を考えると、そう思ってしまっても致し方ない。


「お前さん、あいつが嫌いだったのか?」

「ええ、それはもちろん」

「ちょ! 別に(われ)の前で言わなくても「ファイアッ!!」ぬおぉぉぉっ!?」


 勇者に見せた時よりも魔力が込められたファイアは、デスタを中心に凄まじい熱量を感じさせる。しかし、それに対して一瞬にして魔力を凝固し目の前に壁を作り上げ受け流すという荒技をやってのけた。

 見た目はあんなバカみたいなオヤジだが、その実力は折り紙付き。

 魔法を受け流すという行為に、今まで無関心そうな表情だったセラが興味深そうな目に向け始めた。


「……避けたか。ならば」

「ちょっと待ってっ! いやもうかなりマジで!」

「喧しい! 大人しく妾の魔法でくたばるのじゃ!」

「どうどう、落ち着けリーシャ」

「うぬ……」


 後ろからギュッと抱きしめてやる。

 見せつける形になってしまったが、こうしてやることで大抵落ち着いてくれる。こんな所で魔法乱舞を始められて恐ろしい被害を出されちゃ困るからな。

 ……主にセリカや執事もどきとして働いてくれている魔族たちがな。


「目の前のゴミを灰燼へとせねば気が済まぬのじゃ!」

「珍しく昂ぶってるな。ならあいつを無視しとけ。後は俺が全部対応してやるから」

「えっ、酷くね!?」

「……ショージがそう言うのであればそうしよう」

「ちょっと、え、マジでっ!?」

「それで、今回はどういった用件でこちらにやって来られたのでしょうか」

「おいおいっ! さすがにマブでも怒るぞ!?」

「ワー……コワーイ」

「ちくせうっ! 相手にもされてない!!」


 いやぁ。やっぱり、こういう性格の奴はいじっていじっていじくり回してこその存在だな。実際に両膝ついて床を叩くなんて見ること無いし。

 だが、あんまり苛めすぎると本気で怒るから注意しないといけない。叩いてる部分から凄い音が響き、その部分には亀裂が入ってる。


「あの、この人は……?」

「ん? ああ、すまん。いきなりだったからな。こんな変な奴なんて君達が知らなくても良い事なんだが」

「待てぇぇっ! お前になんか我の紹介なんぞさせるか!」


 くそっ。もう少しで面白可笑しく話してこいつの性格を捏造(ねつぞう)できたのに。


「なんだ、もう持ち直したか。もっと残念な奴でそこにいてくれてもよかったのに」

「無視だ無視。我の名はデスタ! 絶対的な力を秘めし究極の魔王! デスタ・イザークとは我のことよっ!!」

「はいはい厨二病乙」


 そんな子供ですら言わなそうな台詞、よくもそんなに自信満々に言えるもんだ。散々頼りなくどうしようもない姿しか見せてなかったのに。

 初めて勇者と魔王が対面したときならまだしも、自分が究極なんてほざいている辺り、何も考えてないに違いない。戦いに関する実力と技量は大したもんなのに……嗚呼、だから脳筋っていう言葉が存在するのか。


「だから! どうしてお前はそんなに我のことを貶めたがるのだ!」

「そりゃもちろん楽しいからに決まってんだろ」

「ぬがぁぁぁぁっ!!」

「え? ……魔王?」


 両手で頭を抱え叫びだしたバカと俺を交互に見ながら真意を見いだそうとしているクロノブ君。

 俺には君が考えていることが良く分かる……しかし、残念ながらその考えは脆くも崩れ去ってしまうぞ。崩すのは俺だが。


「ああそうだ。こいつがリーシャの父親で、俺が倒したことになってる前代の魔王だ」

「えぇぇぇぇっ!?」

「まぁ、普通は驚くだろうな。こんな軽い感じのいじられキャラが前代であっても魔王を務めていたなんて。今じゃただのニートだ」

「黙れっ!! 我だって頑張っておるのだ! これがその証拠だ!」


 ニートでなければ何なのか。

 魔王という肩書きを失った男が言えることは何もないだろう思いつつ、デスタが差し出してきた紙面に目を向ける。


「んん? どれどれ……何ぃっ!?」

「なっ、どうしたのじゃショージ! ……もしや、何かしたのではないじゃろうな?」

「何もしておらんし! しかも我一応お主の父親だし!」


 二回、三回と視線を上下左右に動かし不審な点がないかどうか粗探しをするが、どこにもそんなものは見当たらない。


「なん、てこった……お前まさか」

「そうだ。おそらく生死が考えていることと我が考えていることは一致しているだろう」

「つまりお前は、嫁さんほったらかして二次元と添い遂げるつもりか!?」

「黙らっしゃい!! いくら何でもそんなことせんわぁっ!」

「婚姻届っ!?」

「違うわぁっ!」

「ナイスな反応だクロノブ君!」

「え!? ありがとうございます!」


 しかし、俺が婚姻届ではないというのを確認しているのにそんなありきたりな反応をすると勘違いする人がいると思うが?

 噂はしてないが、こういう状況に限って奴には来てほくないだろう人物がセリカを伴ってやってきている。

 しかもだ。ちょうどクロノブ君が婚姻届と言う直前にだ。


「……あなた」

「げぇっ!? シェルっ!!」

「お前、よくこの状況でそんな漫画みたいな反応できるな……あ、実際になんかの漫画であったな」

「感心しなくてもいいから我を助けてくれ!」


 その瞬間、後ろからゆったりとした動きで近づいていた夫人がグワシと聞こえてきそうなぐらいの勢いでデスタの襟首部分を掴んだ。

 浮かべている表情はまさに菩薩そのものだが、たいていこういう状況で女性が浮かべる笑みというのは心の中に面白いぐらい黒いモノをお抱えなさっている。

 そして、巻き込まれたら火の粉以上の火力でしっぺ返しを喰らうことになるだろう。


「エー。面倒だし見返りもないし、何より夫婦間のイザコザなんかに巻き込まれたくないしな。……まぁ、逝ってこい!」

「っく! そんな良い笑顔されたってちっとも嬉しく感じんわっ!」

「さぁ、私と一緒にイきましょうか?」

「やめ! シェルよ、笑顔が凄く愛らしいんだが、よかったらこの掴んでいる手を離してはくれぬか?」

「嫌です」

「オウマイガッ!」


 口元を手で隠しながらズルズルとデスタを引きずっていくその姿には恐怖心を抱いてしまう。

 現に、何かトラウマを刺激されたのかリーシャが抱きついたままの状態で震えている。あんな顔俺に向けられたら俺だって震える。そりゃもう生まれたての子鹿も驚きの振動だよ。


「それにしてもなぁ」

「あの、ショウジさんが見たあの紙にはなんて書いてあったんですか?」

「合格通知だよ」

「合格通知?」

「向こうの世界で就職できたらしい」

「むこうって、えぇっ!?」


 さすがに向こうの世界で就職できるなんて思ってもなかった。というか、そこまで向こうが気に入ったか。


 俺がこの世界に来ることになったのは本当に偶然のことで、クロノブ君のように勇者然とした登場ではなかった。

 そして、勇者のように魔王を倒すことになった俺だが、それだけの力を身につけても世界間を移動することはできなかった。

 元々魔法が存在しない所からこっちに来たこともあり、俺が魔法を使えるようになるまでにかなりの時間がかかった。と言っても、まさか魔法があるなんて思ってもなかったし、魔法が使えるカンナに出会うまで使えなかったって話なんだが。

 それでだ。

 俺の世界に来たリーシャは、そのままだが世界間を移動する魔法というのを使える。本人曰く、『感覚』だそうだが。

 感覚と簡単には言ったが、実際にこの魔法を使おうとすると消費する魔力量は途轍もない量らしい。一度でも唱えようとするなら、一般的な魔法使いを十人ぐらい集めなければいけないらしい。

 そして、もう一人この魔法が使える奴がいる。それが、デスタだ。


「あいつ、初めて会ったときはあんな感じじゃなかったんだが」

「初めて会ったのって、やっぱり」

「対魔王だな。戦って戦って、ぶん殴ってやって……気付いたらダチになってて」

「ダチ!?」


 クロノブ君の反応が普通なんだ。一般的な話の流れを踏んでないからな。

 だが、俺自体勇者だとは思ってないから別に問題ないと思ってる。あいつだって魔族の頂点たる魔王ではあったが、それが悪の頂点ではなく、あいつ自身はまったく悪い奴ではない。

 とは言え、俺との戦いを望んで楽しんでいたあの笑顔を思い出すと、あっちの世界でやっていけるのかと不安に思ってしまう。

 もし格闘技関係に手を出そうとしているんだったら、リーシャを連れて向こうの世界で奴をクダしてやらねばならんが。


「両親に会ってねえなってボヤいたらあいつが俺のことあっちの世界に戻してくれたし」

「戻れるんですか!?」

「もちろん。そん時あいつがあっちの世界に興味持ち出したから戻してくれた礼に説明して回ってやったら……」

「回ったら?」

「なんか、確かゲームに興味出してたから……もしかしたら、あいつがあっちで就職しようと思ったのも俺のせいかも」

「……は?」


 俺自身インドア派だったこともあり、家には結構な量の漫画とゲームがある。特に歴史、戦略的シミュレーションとガン・シューティング系のゲームが多い。

 一通り説明してやって、なおかつ一緒にプレイしてやったんだが……中でも特にあいつは恋愛系のモノに興味を示していた。

 と言っても、有名どころが出しているものではなく、喧嘩や賭博、そのキャラクターの人生そのものを体験するといった色々な要素の中の一つとしてあった女性との関わりというものにだ。

 確かに、脳筋のこいつには無い刺激だったろう。

 こっちの世界でリーシャと過ごすようになって魔族との関わりが多くなったが、基本的にのほほんとしている奴が多い。それこそ、なんで今になって勇者が求められているのかわからん。……ドMが多いせいだが。

 それに比べ、向こうの女性は男性に綺麗に見られたいと思っている人が多く、美に対する意識があり、恋愛に関する話題もたくさんある。

 特に、所帯を持った夫の悩みや妻の愚痴などを『詳しく教えてくれ!』とせがんできたときはホントに驚いた。


『~~~~~~ッ!?』

「んぁっ?」

「うわっ!?」


 雄叫びというか、断末魔に近いな。

 城が揺れるほどの折檻を喰らっているんだとしたら、シェルさんはかなり溜まってたんだろう。

 向こうに行くようになってこっちには滅多に帰ってこなくなったと話してきたときにはさすがに焦った。あの時一瞬、俺が対象になるんじゃないかと。

 それでも、年に一度ぐらいは帰ってきてるらしく、その時に積もり積もったすべての鬱憤を晴らしているそうで。

 だからこっちに帰って来たくないんだといつだったかデスタが言っていたが自業自得だ。

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