勇者と魔王の会合前
「勇者がやってくる?」
「そうじゃ」
胸の下で腕を組み、大きく頷きを見せてくれたリーシャ。
笑顔でそう答えてくれたことを考えてみると、自分が魔王で相手が勇者であることに何ら疑問を抱いてないようである。それは、一般人である俺の一般的な考えからしてみるとチャンチャラ可笑しい話だ。
勇者──それは、御伽話や小説、ゲームで活躍する一番の存在。
どんな悪であろうと、どんなに強い相手だろうと諦めることなく戦い続け、挑み続け、最期には不可能だと言われながらも敵を打ち破り、人々に勇気と希望を分け与えてくれる表舞台の主役。
そして、その単語の対となされるもの……それが魔王だ。
「あー……一応聞いておくが、ちゃんと状況理解してるか?」
「何を言っておるんじゃ。そんなこと当たり前じゃ」
腕組みのまま、今度は大きく背中を反って頷いた。
そのまま上下に揺れる。(何が揺れたか。そこは察してくれ)
貴様……まさか、この状況になることを狙って……?
「なら、少しばかり状況を整理しようか」
「うむ?」
首をかかげ、眉をひそめた。
その姿勢、ポーズも狙っているとしか思えん!何故、何故そんなにも心にグッとくるようなポーズができるんだ!
「お前は魔王。そしてここには勇者がやってくる」
「お、お前だなんて……嬉しい」
「ぬぅ……可愛らゲフンゲフン! お前……本当に理解してんのか? 相手が勇者ってことはお前を倒そうとしてるってことだぞ?」
「……おお!」
「って、理解してなかったんかい!」
力が抜けるって問題じゃなく、それ以前にこいつの頭が残念な事になっていたらしい。普通に考えればこんなことなんてそこら辺の子供でも理解できるだろう。
確かに、こいつの持ってる実力は今までの魔王に比べると、比較にならないほどのものを持っている。それは、実際にその力を目にした俺にしか分からないことだと思う。
前魔王ですらかなりの力を誇っていたんだが……今回、こいつと戦うことになる勇者は、想像以上の力に困惑することだろう。
ゲームの設定で説明するとすると、今回の勇者がかなりの鍛錬を潜り抜けていたとして、そのレベルを最大の100だとする。リーシャは200だ。
普通に考えて、最期の最期で打ち破る秘策を……なんて考えることのできるレベル差ではない。現実的に考えることすらままならない状況になるだろう事は、戦う前から、それも今代の勇者を見るまでもなく理解できる。
南無。
「で?」
「うん?」
「いや、お前はどうするのか気になってな」
「う~む……」
と、力量差的にはリーシャに分があるため、今後の身の振り方について聞いてみることに。
魔王にありがちな、私の力を見るが良い!的なバカ野郎フラグを立ててくれさえしなければどうとでもしてくれと思わんでも無い。しかし、相手にしてみれば一世一代の、それも王様と人々に期待をされている方である。
漫画や御伽話のような逆転劇が無いとも限らない。俺がリーシャを心配するのも道理ってもんだ。
「おお、そうじゃ! ショージよ、妾は良いことを思いついたぞ!」
「……良いこと、ねぇ」
なんて抜かしやがるが、前々から何度も同じ事を聞いたこともある俺にしてみればこいつの良いこと以上に悪いことはない。
黙って普通にしてれば良い女で、しかも魔王という肩書きからは考えられないほどの優しい笑みを浮かべるというのに……自称良いことを思いついたときのリーシャほど極悪なものはない。
それにしても、右手をグーにして左手の上で叩くのはありきたりな行為のに、わざわざ肩を狭めて腕を前に出すなんて姿勢……君、どこで習ったのかね?
圧されたことで前に出ることとなってしまった双丘がその存在を知って欲しいかのように突き出ている。まさしく俺の正義感を誘っているに違いない。
手を出して欲しくはないのか?いや、それはない!
「お前が、一番……ッ!」
「うぬ? 何だって?」
「は? あ、いやぁ、何でもない!」
あ、危ない……思わずグゥレイトォ!と叫んでしまうところだった。
さうすがにこんなところで真っ昼間から盛るわけにはいかん。いや、こいつのことだから何時でもバッチ来いやぁっ!とか言い出しそうだが。
「取りあえず、勇者のことは妾に任せておいてくれぬか」
「いや、まぁ……お前が良いなら別に構わんが」
俺が心配するのは、この世界に魔王は勇者に倒される因果でも確定されてないかどうか。もし、戦う前から運命付けられた関係であるとするなら、こいつと勇者を戦わせるわけにはいかない。
俺の目の前で、俺の愛する女を失うなんてバカな結末を誰が望むもんか。
……まあ、それもこいつのいつもの様子を見てるとそんな事は無さそうだ。前みたいに、魔王が勇者に倒されるなんて宿命が果たされるなんてことにはならないだろう。
だが、もし俺が望んでいる結果になったとしても勇者は納得しないだろう。折角ここまで魔族を倒して歩んできた道程を、仲間に励まされ、道中助けてきた人々に応援されて……その結果がこれか!なんて。
うぅわぁ……意気込んでやってきたのに息が抜けて沈むんじゃなかろうか。それも、軟体動物も驚くほどに。
「ま、魔王様っ!」
「うん?」
いきなり入り口から大声で魔族が入ってきた。
あの人は、こいつを小さい頃から見守ってきた上に、前魔王の近衛をしていた人で、名前はセリカだ。
その名前からは想像もできないような脚力と腕力で挑み掛かってくる者全てを蹴散らしてきたそうだ。得意としている武器は槍。遠距離からは短槍を投げ飛ばしてくるほど。しかもかなりの命中率を誇る。何故なら、ほぼ地面と水平に真っ直ぐ槍が飛ぶんだからな。
そんな訳の分からない戦闘力を誇るセリカだが、今代魔王であるリーシャには従順であり、どんな命令にも間を置かない返答でもって任務を遂行してきた。
『セリカよ』
『は、なんでしょうお嬢様』
『なんじゃ、その堅っ苦しい挨拶は。まぁ良い。妾はセリカにお願いしたいことがあるのじゃ』
このとき、秘めたる魔力と実力が他の魔族と比べ頭一つ以上抜きんでていたリーシャが、時期魔王として有望視されていた。
幼さの残るその見た目とは裏腹に、幼児の純粋さと魔族特有の残虐性で並みいる魔族を平伏せさせたことは、魔界を震撼させ、その力に数知れぬ魔族が恍惚とした表情を浮かべた。
なんて話をいつだったか聞かされたが、後々考えてみると殆どの魔族がドMであることを考えるとそんな状況になったとしてもおかしくはない。逆にそこで普通の反応を示していたら、それはもう、反乱分子と捉えても良いぐらいである。
何故かって?
そうだからだよ。としか言いようがない。
……大分俺もここのバカ野郎共に毒されてきてるのかもしれん。
『私に、ですか?』
『そうじゃ。引き受けてくれるか?』
『もちろんです。我が魂は既に、お嬢様……魔王に永遠の契りを誓っているのですから』
『よし。では明日から執事になるのじゃ』
『…………え?』
『いやもう今から執事じゃ面倒くさい』
……それが仇となったのだろうか。何故かこの人は今、リーシャの近衛ではなく執事を務めている。
かなりリーシャのごり押しが効いているが、そんな事──戦線から一級の実力者を後方に下がらせる。それが、他の魔族の負担になって更なる忠誠を誓うことになるとは知らずに……ん?なんか可笑しくないか?──をしても普通に案が通ってしまう辺り、どうしようもない。
『…………はい?』
いつまで経っても戻ってくることができなかったセリカは、普通の反応だと思う。てか、それが普通だ。
「勇者がここまでやってきました!」
「えっ!? 速っ!」
「よし……セリカよ。その者たちを謁見の間へと通すのじゃ」
「了解しました」
颯爽と去ってゆくセリカを尻目に、リーシャは立ち上がって座っている俺を見下ろし、
「行くぞ」
自信溢れるそのポーズで、誰もが付き従うだろう力の入った台詞を決めてくれた。
「いや! 待て待て待てっ!」
「ぬ?」
「『ぬ』じゃねぇよ! どう考えても速いだろうが!」
おかしい。
こいつの話だとこんなにすぐに勇者がやってくるような感じじゃ無かった。それに、セリカがあそこまで慌てていたということはそれなりの力を持った勇者だってのは理解できる。
この世界には携帯やトランシーバーみたいな便利な通信機器は存在しない。
だから勇者が魔王を倒しにくることは分かっていても、実際に何時やってくるのかまでは自分の目で確認するか、移動速度の高い伝令的な存在がいなければならない。
しかし、残念ながらここにはそんな高機動性を誇る魔族はいない。
いや、いるにはいる。
残念だが、ドMの奴は高機動性を生かして自分からやられに行ったよ。
『ふははっ! 当たらん、当たらんぞぉっ!』
『ちぃっ! こいつ、速い!』
『だめ……詠唱してる間にやられちゃう』
なんて、素早さを生かして攻撃を避け勇者たちを翻弄するのに、
『なん……だと……』
そんなのは最初だけ。
後はいい感じのところで勇者の攻撃を食らって地面に這い蹲る。それが奴の楽しみだと熱く語って来やがったのを無理矢理黙らせたんだが、それすら嬉しい範疇に入るらしい。
もはやどうすることもできないレベルにまで達しているため、リーシャに頼んで辺境の地へと追いやってやったんだが……
勇者に滅されてると嬉しいな。
「何がじゃ……おぉっ! もしや、わざと遅く登場することで勇者に精神的ダメージを与えようという心胆じゃな!」
「違ぇ! ……あぁ、もう疲れた。どうでもいいや。さ、行くか」
「うむ。最初からそうしてくれれば良いのじゃ」
「……はぁ」
しかし、これから勇者と戦うかもしれないってのに、こいつは余裕だとでも言わんばかりの笑顔を浮かべやがる。
そんな屈託のない顔をされたら何も言えなくなっちまうんだが……狙っているとしか思えない。
ここまで来るとリーシャが思いついたという『良い事』が凄く気になってくる。こいつの考えることはいつも俺の位階の範疇を飛び越えやがるからな。
ただ、その考えとやらが俺までも巻き込むものになるのにはほとほと呆れちまったがな。