殺刃鬼と食人鬼の戯言話
とある日。そろそろ秋が過ぎ去り紅葉がすべて落ちようとしてる秋と冬の狭間の曖昧な季節の夜。
クチ、クチャ、グチャ・・・。
人を聞くだけで不安に駆り立て掻き毟る不快な音夜の隙間に鳴り響く。それは『何か』を租借する音。
「お兄さんもも食べたいの?」
――人を食べる音。
まるで赤い皿のように広がった血の上に座り人食べるその女性は食事風景を眺めている男に向けてそう言った。
男は黒い髪は短く目つきが悪い、着ている物も黒一色ということもあって夜中に遭ったら踵返すくらいには不審者だ。とはいえ現行犯には劣るだろうが。
「遠慮するぜ。食ったら戻れなくなりそうだ」
まったくやめてほしいね。俺は鬼は鬼でも殺す鬼で食べる鬼じゃない。
「あらら、残念おいしいのに」
そういってちぎった腕をまた一口噛み千切る。
「・・・ん。食べたいんじゃないならお兄さんはなんでさっきからずっとこっち見てるの?てっきりお仲間だから見てると思ったのに。というかいつまで観てるの?ずっと見られてるとなんか食欲沸いてくるんだけど」
「まぁある意味仲間っちゃ仲間だな。まぁそれはいいとして、何故見てるかって?興味本位」
というか見られて食欲が沸くってどういうことだよ、普通逆だろ。だよねーなんでだろ?あれだきっとおまえ見られて興奮する類の変態なんだ。なんだとー!あ、でもお姉さんたしかに目立ちたがりかも。ほらみろ変態。
そんな風に会話する鬼二人。血の食卓で交わされる会話にしては普通すぎるが、ソレが絶妙に不気味にさせる。正に鬼にはぴったりの食卓だろう。
「でもお兄さん変わってるねー。私の食事をそんな普通に見てられる人は初めてだよ」
「そうか?まぁたしかにグロイからな。俺はグロゲーも普通にやってるから平気なんだよきっと」
「そういう問題じゃないと思うよ」
苦笑する顔は実にかわいい。ただし血が滴っていなければ。
どこのB級ホラーだ。
「・・・お兄さんもしかしてデザートに食べてほしいの?」
「なんでそうなる」
「だって興味本位なんでしょ?食べられてみたいのかと思って。お姉さんが食べてあげようか?チェリーくん?」
「あんたの容姿なら食ってくださいって言うやつけっこう居るんじゃないか?俺はごめんだが」
茶色いセミロングに目大きい整った顔立ちに抜群のプロポーションではないが控えめながらもバランスのいい体系はセーター上からでも分り、むしろ世のサクランボ達が食べてくださいと自ら口に飛び込みそうなくらいには美人な女性。ただし血が滴っていなければ。因みに男よりも年は上でだいたい二十歳くらいだろうか?(因みに男は十七~八くらい)。正にエロいオネーさん、男の子の夢の存在。ただし血が滴っていなければ。これでは悪夢だ。
「そうなの?・・・こんどチェリー狩りでもしようかな」
まったく物騒な話である。
痴女というより血女だ、美人なだけに性質が悪い。
そしてそんな会話をしている間にも食事は進みついにはその見た目大きくは無い胃袋に人一人分の肉が収まった。
「ご馳走様。じゃあお姉さんそろそろ行くね?またねお兄さん」
美しき食人鬼はそう言って赤い食卓から立ち上がり自室に帰るが如く去って行った。
「さて俺もそろそろ行くかね。ここに居ても死体すらないし」
あとに残された殺刃鬼もその場を立ち去る。路地裏に残るは何も乗っていない赤い赤い皿、あと数時間もすれば黒く不吉に滲むことだろう。
その夜死体は一名だと新聞に載った。
「やっほーお兄さん奇遇だね」
「何が奇遇だ後つけてたくせに」
「いやいやそんなこと無いよたまたま一緒だっただけだよ」
「方向が?」
「気持ちが」
くだらねー。そう夜の大通りに吐き棄てた。
車一つ通らず死んだように街明かり一つ無く夜空の月が看取るように淡く光っている。昼間多くの車や人が通るだけにそのギャップは大いに人に恐怖を与える。だがしかし、鬼が相手ではそんな風景も好ましいだけで逆効果のようだが。
ともあれ鬼二人は並んで歩く。
「なはは」
「腹が黒いねー」
「そりゃあ”人を食ったようなやつだな”ってよく言われますから」
「あたりまえだろ」
食人鬼が人食わないで何を食べるというんだ。
「因みに俺は食えない奴だってよく言われる」
「ありゃりゃ残念、相性バッチリじゃない」
「まったく同感、最高だね」
「でもさ相性バッチリって夢が広がるよね」
「広がるだけ広がって覚めたら霧散するけどな。戯言よりも価値が無いよ夢なんて、現実に落すことができないんだから」
「昨日も思ったけどお兄さんの話はあれだね、傷ついたゲームディスクみたいだね。つまりうまく読み込めないって事」
「適当ってるからな。そういやゲームといえば昼間に人生なんてゲームみたいなもんだって言ってた中学生がいたぜ?どう思う」
「さすがゆとり、そこまで行くともうゲーム脳極まってるね。人生とゲームはぜんぜん違うのに」
「へぇ、どこらへんが?」
「うん?・・・ほら、えっと・・・人生にはリセットボタンが無いじゃない?やり直しはきかないとこが違う!もしくは・・・終わりがないからじゃないかな」
「どっかで聞いたこと適当に言っただけだろそれ」
「・・・・・・バレたか。じゃあお兄さんはどう思ってるの?」
「ゲームと人生の違いはリセットボタンでも終わりが無いことでもない。だいたいリセットも終りも両方あるだろうが」
「そうかな?」
「そうだよ。違うとこはロードができるかできないかだ。人生はやり直しができないんじゃなくて引き返せないんだよ。引き返すようにロードができたら後悔が先に立っちまうだろ?そこの違いだよ」
「うん・・・やっぱり読み込めない。じゃあさセーブはできるの?」
「カイバ先生に聞けば昨日の献立くらい教えてくれるぜ」
「・・・・・・お姉さんのカイバ先生教えてくれないんだけど?」
「データか媒体が破損してんだなきっと」
「うわひどい、私の頭は壊れてないよ!」
「どうだかねー」
人食う奴の頭がまともなわけがない、まぁそれは人を殺す奴も同じだけどね。
「お兄さんって殺人鬼なんだよね?」
「ああそうだけどたぶん違うよ」
「うん?」
「字が違う。今お前は人を殺す鬼で殺人鬼言っただろうけど、人じゃ無くて刃だ」
「つまり殺刃鬼?刃物を殺すの?」
「刃物で殺すの」
「へー。ところで食人鬼と殺人鬼どっちマシかな?」
「どっちも同じくらい最悪。マシもなにも許すことができない罪だよ。どんな理由があろうと人殺しは最悪だ」
「お姉さんのは人殺しじゃなくて食事だけど?」
「食事ってのは『生きるための殺し』だろ対象が人間ならソレは『生きるための殺人』だ」
「なるほど・・・。じゃさ食人鬼が『生きるための殺人』なら殺刃鬼は?『殺人のために生きてる』の?」
「違うな。殺刃鬼は『生きてるから殺人をする』んだよ。つーかなんだこの質問は?自分より下を見たかったのか?安心しろ人殺しは同列で皆最下位だよ」
「ん、知ってる」
それからしばらく二人は口を開くことなく歩いた。
また口を開いたのは大通りを逸れ裏路地に入ったところだった。
「ねぇ、そろそろ殺人しないの?」
「あ?」
「お姉さんお腹空いちゃった」
「いや、意味わからな――ああなるほどだからつけて来たのか」
「うん。昨日見ちゃったんだよね、お兄さんの殺人。あんなに美味しそうに殺して、解体して、揃えて、盛り付けて、料理されたところみちゃったら我慢できないよ。食べたばかりだから残しちゃったけど」
「なるほど。新聞の死体が見覚えのない感じに変わってたのはおまえの仕業か」
新聞には怪死体一つと行方不明者一名と出てた、どちらも殺人事件扱いだけれど。
「うんだからまた、食べたいなーって。まぁ味は変わらないんだけどね。でも最近誰を食べてもどこかで食べたような味しかしないんだけど死体をお兄さんが作ると不思議と美味しく見えるんだよ」
三歩二歩殺刃鬼の前に出て食人鬼は振り返り止まる。目を爛々と輝かせエサを早く寄越せと鬼が笑っている。
だから――。
「――!?ぁぁあああ!?!?」
殺刃鬼はその刃を振るった。
片腕を切り飛ばしそのままお望みどおり解体してやろうとするが、刃は空しく空を切った。
「――お兄さんいきなり何するの?」
視線の先、脂汗と血を流しながらも笑顔の獲物が見える。
「いやなに、最近マンネリ気味だって言うおまえにおまえが今まで一度も食べたことがない物を食べさせてやろうと思ってな」
そう言って足元にある料理を投げた。
くるくると血を巻きながら飛んでいき。
ソレは躊躇することなく。
齧り付いた。
自らの腕を租借し嚥下する。
「確かにこれは一度も食べたことないね」
「だろう?遠慮すんな殺してやるぜ?」
「あはっ。それは・・・すっごい・・・魅力的・・・ん・・・だけど、まだ遠慮する・・・よっ!」
殺刃鬼が距離を詰めようと一歩踏み出した瞬間、食人鬼は食べきっていない腕を投げつけた。投げられた腕は真っ二つに切れ、血がカーテンのように広がる。
「ありゃりゃ逃げられた」
赤いカーテンを振り払ったその先にはもう誰も居なかった。
「はぁはぁ・・・」
町外れの倉庫街の中の一つに、食人鬼はいた。追ってこなかったのは気づいていたが万が一にでもまだ捕まるわけにはいかないため此処まで逃げてきた。
「・・・ふふっあはは」
しかしその顔はとても逃げてきた者のそれには見えない。思わずといったように零れた笑い声、愛しげに自身の腕の断面を見るその表情は、愉悦が広がっていた。
「はぁ~・・・」
明らかに傷の痛みだけではない溜め息を吐きながら先ほどのこと思い出す。
腕を切られ時腕を食べた時のあの衝撃、あの快感!食人鬼は理解した自身食べるために私は生まれてきたと。でも・・・だからこそまだ食べられない。もっと、もっと美味しく幸せに食べられる方法を私はあの時知ってしまった。だからまだだ、この初恋にもっと浸ってもっと熟させて、いろんな人を食べてもう誰も食べたくなくなった時に――初恋が実ったときに殺して解体してもらうんだ。
ああ・・・それはどれだけ気持ちいいのだろう・・・さっきのぜんぜん熟していないこの果実を理解したて時の摘まみ食いですらこれだけ気持ちよくて、これだけ幸せなのだ。なら・・・実った時のその味はきっと死ぬほど幸福に違いない。
「ふふふふ、待っててね。また戻ってくるから」
その夜、死体は0だった。
人間の種類は大まかに7種類だか8種類だか12種類だかに分けられるそうです。ならそのどれでもない異常者の味は初めてなのが当たり前、衝撃的なのも当たり前。もしもあの時食べた者が違ったら・・・。