遅いわよ……ばか
遺体が発見された三日後、父親の葬式が行われた。
父親の死因は地震の影響と言われているが詳細は不明。司法解剖をするという選択肢もあったが、蓮崎が「これ以上、部下を傷つけないでください」と言い、それが行われることが無かった。
しかし、外傷は酷いものであったらしい。透は見ていないが顔には無数の傷がつけられており体の骨が何十本も折れていたと聞いていた。
葬式には父親の知り合いであろう人たちや親族が来ていて、合計すると百人前後の人が来ていた。その中には薫の両親や翔輝の両親もいた。そんな中、透の隣では薫と梓が号泣していて、めったに泣かない真央や翔輝も目尻に涙をためていた。
父親への最後のお別れの挨拶は蓮崎が行った。二分程度の分であったが、所々で声が裏返ることがあったが、なんとか言い切った。
その後、透は父親との最後のお別れをするために、花を持ちながら眠る父親のもとへ向かった。
持ってきた花の種類は胡蝶蘭で、父が母にプロポーズした時に指輪と一緒に渡したのだと言う。なので家には色とりどりの胡蝶蘭が飾ってある。なので、今日はその中のピンクの胡蝶蘭を持ってきていた。
透は数メートル先の棺に向かうまでに、お別れの際何を言おうか考えていた。色々考えた末、数ヶ月前に元気な父親と一つの約束をしたことを思い出した。今思えばその約束は今日、この日の為にあっても過言ではないだろう。
そして透は棺の前に立ち、その中にいる父親の顔を見た。顔以外は白い布で覆われていて見ることができなかった。
そこで見た顔は、とても傷だらけで左頬あたりにやけどをおっていたが、確かに自分を今まで育ててきてくれた父親の顔だった。
それを見た透は、少し目をつぶりながら下を向いて、何かに耐えるようにしていたが、すぐに体勢を整え、一言こうつぶやいた。
────護ってみせるよ。ありがとう
父親の死は現在中学生の透と小学生の梓にはとても厳しく、つらい現実をつきつけた。
しかしこの葬式で透は一度も涙を見せることはなかった。
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「初めまして……かな?」
蓮崎は自分の車の助席に座っている透に向けてそう言った。
「何回か喋ったことはありますけど……。直接会うのはこれが初めてですね」
透は無表情で蓮崎の方を見ながら言った。
そもそも、なぜこの二人がこの車に乗っているのか。それには少し理由がある。
普通なら、葬式の後は火葬をするために火葬場に向かうことになる。親族もそこへ向かうので、透と梓もそこへ行くのだが、梓の精神状態が少し不安定であり、出来るだけ早く帰らせてやりたい。という透のお願いにより早めに家に帰らせてもらうことにした。
最初は薫の家の車で送ってもらう予定だったが、蓮崎が「透君と二人で話したい。少し借りていいかい?」と言ったので、透は梓を薫に任せて、蓮崎の車に乗せてってもらうことにした。
蓮崎と透は、薫家の車が行った五分後くらいに葬式場の近くにある駐車場から車を出発させて、現在に至る。家までは少し距離があるので着くのはもっと先になるだろう。
「君の父親のことは……。 うん。今はそれにふれないでおこうか。」
透は蓮崎のちょっとした気遣いに感謝しながら、蓮崎が口を開く前にこちらから質問をした。
「………蓮崎さん。 少し聞きたいことがあります」
透が言うと、蓮崎は「なんだい?」と聞き返した。透はこの三日間で一番疑問に思っていたことを質問した。
「俺の………いや、俺たちの母親はどうしたんですか?」
そういうと、蓮崎は顔を少し驚いた顔をして、数秒の沈黙のあと首を横にふった。
「……私に君の母親の情報は入っていない。どこかの病院で治療をうけているか、もしくはもう……」
蓮崎は後の言葉を続けられなかった。いや、透の気持ちを配慮して続けなかったのだろう。
妹の梓は父親が死んだ三日前から梓は精神状態が不安定になるほど泣き続けた。ご飯や飲み物も口につけずに部屋に閉じこもっていた。最初は父親が死んだショックが原因だった。それだけなら立ち直るまではいかなくても、少しはご飯を食べたり、兄に泣きついたりするだろう。
しかし、時間がたっても母親が帰ってこないことに気づき、嫌な予感を覚えたのだろう。部屋に鍵をかけてより一層強く泣き始めた。葬式場まで来させるまでに説得はかなりの時間を使った。
透は思った。あの三日間の間に、もしくは葬式の途中で母親が何事も無いように来て「私が貴方たちを護るわ」と言ってくれたらどんなに救われるか。心の傷がどれだけ癒えるか。
そんなの父親の死を認めたくない現実逃避だということは分かっている。しかしその事実を認められないほど、二人は幼かった。
「父親は、仕事場ではどんな感じだったんですか」
透は話題を転換させた。思えば、透は父と母の仕事を全然知らなかった。普通の親は昼に仕事へ行って夜に家に帰るはずなのに、透の父と母はでは夜に仕事をして昼は家で過ごしていた。昔、一回だけ何の仕事をしているか聞いたが教えてくれなかった。
「彼は優秀だったよ。部下にとても慕われていた。もちろん、僕も彼をとても信頼していた。彼が僕を信用していたかは分からないけれど、信頼してくれていることを信じたいね」
蓮崎はそうだけ言うと前を見ながら笑みをこぼした。
「そういえば、君らはこれからどうするつもりだい。親戚の家にでも保護して貰うのかい? それとも友達の家にでも……」
「いいえ。俺たち二人で住みます」
蓮崎の問いに透は即答した。
「二人で住むって……。それは無理なんじゃない? いろいろ面倒なこともあるし、それに二人で住むのは危険だし家事的な意味でも問題がある」
蓮崎はすぐさまその意見を否定した。それは今まで透たちよりずっと長い人生を送ってきた大人からしてみれば当然の意見であろう。透はその言葉に頷きながら言った。
「危険で無謀なのは、俺が一番わかっています。でも、俺たちはあそこの家で待たなきゃいけない人がいるんです」
「待たなきゃいけない人? それは誰だい?」
透は一呼吸おいて簡潔な言葉でこういった。
「母です」
透の母の行方は仲が良かった上司でも知らないのだから未だ不明なのであろう。それは〝死〟でもなければ〝生〟でもない。だから透は母の〝生〟に賭けたのだ。彼女がいつ家に帰ってきても、笑顔で迎えられるように透はこの家に居続けることに決めたのだ。
透はずっと蓮崎を見つめていた。蓮崎は運転していたのだが。一瞬だけ透を見ると笑みをこぼした。
「……本気みたいだね。それでお金や家庭の面などはどうする気だい? 僕は君が本気なら止めはしないが、納得できる理由がなければ、僕は協力できないよ」
「………お金の面は両親の貯金と足りない分は俺のバイトで賄います。家庭の面は梓に任せます。ああ見えて料理とかは凄い上手なんです。ちなみにバイトは父の知り合いに頼んでみます」
透がそう言うと、蓮崎は複雑そうな顔をしてハンドルを握りながらなにかを考えていた。
そこで数十秒の沈黙があり、透はその沈黙を破るように口を開いた。
「俺たちは子供なので、親戚に何か言われたらそれに従うしかありません。泥棒とか来ても勝てそうにありません。だから、蓮崎さんには親族の説得と家のセキュリティーのチェックをお願いしたいんです。セキュリティーの方でお金がかかるなら自分達が出します。迷惑はかかると思いますけどお願いします」
透はその言葉を迷いなく言った。蓮崎は彼の決意が本物だということに気付いたのか、前を向きながら透に向かって左手を突き出した。その左手の親指は天上を向いていた。
「君の決意は分かった。だが一つだけ条件を付けくわえさせてもらうよ。君の生活が安定したとこちらが判断するまで、僕がお金を君の家に送らせてもらおう」
蓮崎が予想外な発言をしたので、透は驚いた顔をして言い返した。
「えっと……。これ以上蓮崎さんに迷惑はかけたくないので、出来ればその条件は……」
「できないなら、この話は無かったことになるけどいいのかい?」
透の言葉を遮るように蓮崎はニヤケ顔をしながら言った。
蓮崎は上手かった。透の意志を尊重しながら彼を支援する条件を付け加えたのだ。透は敗北を悟り、この人が父と母の上司で良かったと改めて思った。
「……わかりました。その条件でお願いします」
「……少し汚いやり方だが、僕の大事な部下の子供なんだ。そこらへんは察してくれるかい?」
蓮崎が言うと透は「はい。ありがとうございます」と言って座りながら礼をした。
「そろそろ君の家に着く。君とは長い付き合いになりそうだから、改めてよろしくっと言っておこう」
蓮崎はそう言うと笑って、突き出していた左手の親指をもどし握手を求める形に変えた。透はそれにならって、自分の左手でその手を握った。
「ええ。これからも、よろしくお願いします」
蓮崎は右手で車のハンドルを操作しながら増渕家の前に車をとめた。透は再度「お世話になります」と言って車から出た。
透は目の前にある自分の家を見た。
それは見慣れているはずなのに、初めて見るような風景。とても寂しい風景。何かを失ったような風景。
そんな感情を抱いていると、玄関の前に〝彼女〟がいるのに気付いた。彼女はずっとこちらを見ていたが、透と目が合うとこちらへ向かってきて、こう言った。
「遅いわよ……。ばか」
☆誤字脱字があったらお申し付けください。感想などくれると作者はうれし泣きします☆