平凡な日常は終わりを告げる
五月の上旬のある日の天気は晴れ。雲一つない晴天である。空には鳥が何羽か飛んでおりとても平凡であり平和な日常であった。そう、当たり前の日常であった。
そして、とある学校───白波中学校でも平凡な授業が行われていた。
外のグラウンドには男子生徒が元気にサッカーをしており、女子生徒はテニスをしている。男子生徒の視線が時々テニスコートにいっているのは、思春期の性であろう。
そして、校舎内では、普通な授業が行われていた。見てみると、真面目に授業を受けている者、時折大声をだして授業を妨害している者、授業を全く聞かず隠れて寝ている者など様々であった。
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……
そんな時に、授業の終了を知らせる音楽が鳴り、2年3組のクラスの担任であり、現在授業をしていた先生──黒崎先生はきりのいいところで授業を終わらせ、日直に授業の終わりを知らせる号令を出すように指示した。
そしてどこからか「起立」という言葉が聞こえ、そのクラスの人たちは続々と立ち始めた。
…………しかし、五秒、十秒経っても一向に立つ気配のなく立てている教科書……いや、教科書の中に隠している本を見つめている男子生徒がいた。
青年の名前は増渕透。前髪は眉毛が少し隠れるくらいまで伸ばしており綺麗な黒髪であり、後ろの髪も少し伸ばしている。容姿は上の中くらいで身長も高く、足も長い。モデルをやっていてもおかしくは無いくらい格好良いと言えるだろう。
透はクラス全員の視線をうけても、黒崎先生に「透ー早く立てー」と言われても本から視線を移すことは無かった。
そんな動じない透を動かしたのは透の後ろに座っている女子生徒であった。
彼女は、机の上に置いてあった教科書を手に持ち、分厚い教科書の一番固い角の部分で透の頭を思い切り叩き、大声でこう叫んだ。
「馬鹿透!!!さっさと立て!」
ドゴッ
教科書の角で叩いたとは思えない、すざましい音を上げ、クラスは静寂に包まれた。
叩かれた透は、声をあげる間も無く顔を本から下へ移し、うな垂れた状態になった。
そして、そのまま意識を失った。
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「ほんと、すんません。」
それが、透の起きた時の第一声だった。
少し時を遡ると、透は後ろの女子生徒から攻撃を受け意識を失った後、さっきの半分くらいの強さの攻撃をもう一回同じ女子生徒から受けて意識を取り戻した。殴れば意識を取り戻す・・・というのは少しおかしいところもあるが、まぁそこらへんはスルーしておこう。
顔を上げた透が目にしたのは、数名を除いたクラスメイトの心配している顔と黒崎先生の顔であった。
透はその状況に首を傾げて、友人の方を見ると、苦笑いをして肩をすくめた。 そして、授業中に本を読んでおり、それに熱中していたらいきなり記憶がとんだ……というところまで思い出した。
そして後ろを見ると、ツンとした表情をした表情をした女子生徒が分厚い教科書を持っていて、なんとなく状況を察した。
(……。なんとなくだが、俺はこいつに叩かれて意識を失って、この状況になっている……ってことだろうな……)
そして今に戻る。
透はとりあえずクラスメイトに心配をかけたこと。そして、授業に集中していなかったこと。この二つの意味をこめて謝った。
「……授業に集中していないところは怒るところだが……体は大丈夫なのか?意識を失ったみたいだが」
黒崎先生が心配した顔で、聞いてくるので透は少しひきつった顔をしながら
「……大丈夫とは言えませんけど、問題は無いです。日常茶飯事なので」
と、返した。
周りでは、女子が顔を赤らめながら「やっぱ透君かっこいーねー」「私もあんな彼氏ほしいなー」と囁きあっている。もちろん透には聞こえない。
逆に男子は「日常茶飯事……?あいつマゾなのか?」などと馬鹿なことを呟いているが、透には聞こえない。
黒崎先生は、大丈夫そうな透を見て安心したのか、ホッと息を吐くと透に攻撃をした女子生徒に目を向けた。
「起こしてくれるのはありがたいけど、もう少し優しく起こしてやってくれ……。死者が出る」
黒崎先生はそう言うと、彼女はうつむいて
「……すいません。」
と、小さな声で言った。
その声を聞いた黒崎先生は安心して、教室を出て行った。
「おい、薫…………状況を説明しろ」
透は左手で頭を押さえながら、右手で一人の女子生徒を指差した。
指を差された女────逢坂薫。はプイッと目をそらすと、「起こしてあげたんだから、感謝しなさい」と言った。
逢坂薫は、綺麗な黒い髪を長く伸ばし、身長もそこそこ高いし足も長い。容姿は上の中くらいで、見ると大和撫子を想像させるような美少女なのだが、家が道場を開いていて、その影響なのかは知らないが簡単に人を気絶させられるほど強い。
「あのなぁ……。起こし方っていうのを考慮しようぜ。俺はお前と違って人間なんだ。そこら辺を考慮して起こしてくれ」
透が不満げに言うと、薫はそれより不機嫌な顔で
「失礼ね……私も人間なんだけど」
と言った。
仲が良いのか悪いのか分からない二人は、昔からの幼馴染で、なんと小学校から中学二年生まで、八年間同じクラスである。そもそも中学校の場合、三年間の間でクラス替えはないので、結果九年間同じクラスになることになる。
しかし、二人は付き合ってはおらず。関係を聞かれると透は「幼馴染だ」とキッパリ答え、薫は「…………幼馴染よ」とため息をつきながら答える。
そんな二人に、他の二人の男女がニヤケ顔をつくりながら近づいてきた。
その二人も、透と薫のように美形であった。
「透……まさかとは思ったけど……マゾだったんだな」
近づいてきた男子────霧村翔輝は透に聞こえるか分からないくらい小さな声でつぶやいた。それに続くように、隣にいた女子────安斉真央。は
「透はイケメンなのにマゾなのね……」
と、これまた小さい声で言った。
幸い透には聞こえなかったのか、なんだ?と言わんばかりに首を傾げている。
翔輝はバリバリのサッカー青年で、髪を短くしている。そして透の親友で時々二人でゲームセンターに行くこともあるらしい。顔は上の下くらいで透には及ばないが、格好良いというより可愛い感じの容姿をしていて美少年という比喩が似合っているだろう。身長は透より少し低いくらいである。
真央はというと、黒い髪を結びツインテールにしている。彼女は金持ちで有名な安斉家の一人娘で親に大事に育てられ、本当にお姫様のようなオーラを出している。顔は上の上。言うまでもなく、超が何個も着くほどの美形だった。
ちなみに二人の関係を聞くと、翔輝は「友達以上、恋人未満って感じかな」と言うのに対し真央は「翔輝は私の彼氏よ。誰にも渡さないわ」と真央が翔輝にぞっこんなのが分かるだろう。
今日は休んでいるが、もう一人金髪の女の転校生がいる。彼女の説明はまた後日にしよう。
透、薫、翔輝、真央……そして金髪の転校生。この五人でいつも校内や休みの日を過ごしている。そして、全員が美男美女なので、学校内の生徒だけではなく他学校の生徒にも、憧れの存在となっている。
気づけば、透と翔輝は今日の給食についてガヤガヤ喋っていた。つい何分か前まで気絶していたのに元気な男である。そんな様子に薫はホッと息を吐いた。
そんな時、真央が薫の耳元でこうつぶやいた。
「薫……ツンデレっていうのはねツンもあり、デレもあることでツンデレって言うのよ。 ツンツンしてばっかじゃそれはツンデレって言わないわ。 たまには透にデレデレしなきゃだめよ?」
「なっ……」
それを聞いた薫は顔を真っ赤にして真央の顔を見た。真央は微笑んでいる。
「わ、私はツンデレなんかじゃないわ! そ、それに透にデレるなんて……そんなのありえない!」
「…………でも透のこと好きなんでしょ?」
薫は抵抗するが、真央の言うことに反論出来ず、耳まで真っ赤にして、まるで林檎のような状態になっている。
それを見た、真央はクスッっと笑って薫の綺麗な黒い頭を撫でた。
「まぁ、お互い頑張りましょ。私も翔輝のハートをゲットするために毎日奮闘してるんだから。 それに、透も結構もてるんだから、ぐずぐずしてたら他の人にとられちゃうよー」
真央はそれだけ言うと、自分の席に戻っていった。
この会話からわかるように、薫は透に幼馴染以上の気持ちを抱いている。しかし、その気持ちを出せずに、いつもツンツンした態度で過ごしている。
つまり、真央がいうように、ツンデレの「ツン」の部分で過ごしているので、真央などからは「さっさとデレを見せちゃいなよー」と言われている。
しかし、薫は透にデレるのが恥ずかしいようで、いつもその言葉を否定している。
「あ、そうだ。薫」
翔輝との会話から帰ってきた透が、耳まで顔を真っ赤にして座り込んでいる薫に声をかけた。そして薫は、ひゃっと実に女の子らしい声をだしてすごい速度で透の方を向いた。
透が「どうした?」と首を傾げながら聞くと、薫は透から視線をはずし、下を向きながら「な、なんでもないわよ……」と言った。
「そうか……。そういえばだな薫。明日、俺学校休むから一緒に学校行けないわ」
透がそういうと、薫はいきなり立ち上がって、「なんで!?」と少し大きな声で叫んだ。
ちなみに、透と薫の家は道のりにして五百メートルくらいなのだが、薫が「私、遅刻しそうだから行くときインターフォン押して」と言ったことから一緒に行くようになっている。薫が毎回遅刻しそうなのは本当だが、九割は透と一緒に行くための口実である。
「……明日、梓とお墓参りにいくんだ。…………明日でちょうど一年だからな」
透が、少し悲しそうな目で言うと薫はあっというような顔をした
「ごめん・・・・・・。そうね、あれから一年たつのね」
薫は、一度悲しそうな目をしたが、うつむくことはなく、そのまま真っ直ぐ透を見た。
「……でも透は凄いと思うわ。私はあんなことがおきたら私が私がいられなくなる自信がある・・・。 でも、透は今ここにいるもの。それだけでも本当に強いと思うの」
「…………俺だって、一人で残されてたら今ここにいない。俺が今ここにいられるのは梓や俺を支えてくれた友達がいたからだ」
透の言っている梓というのは、透の妹で小学六年生で透と二歳離れているのだが、料理が凄く上手く家事もテキパキとこなす。透よりもしっかりものの妹である。
「そ、そういえば透。後ろから見てたんだけど、何の本見てたの?」
薫は透と見つめ合うような感じになってしまい恥ずかしくなったので、目をそらし急な話転換をした。
「ん?あぁ……これか。 昨日、俺が駅から帰る時に凄い美人な赤い髪のお姉さんに上目遣いで、かってくださぃー……って言われてその顔がハートにズギューンッってきたから、ついつい買っちまったんだ。 あー……髪からいい匂いしたぜ。あれは幸せだった」
昨日のことを思い出した透は、薫の目の前であることを忘れて、とても幸せな顔で、幸せな話をした。
それを近くで聞いていた翔輝と真央はそんな光景を見て、そして二人で見合わせ苦笑いをした。そして二人は同時にこんなことを思っていた
(透………………終わったな)
薫は顔をひきつらせ、右手をプルプルさせていて今にも襲い掛かりそうなオーラをだしていた。 それに気づいた透は自分の失態に気づき
「あ……あの、薫……いや薫さん。これには色々理由が合って。あの……男の性というか」
と言った。しかしそれは火に油。ついに薫は憤怒の形相で透に襲い掛かった
「死ねええええええええええええっ!馬鹿透っ!」
「ば、馬鹿。ストップ!」
透は間一髪のところで薫の攻撃をかわし、すぐに走り出すと、すぐに室の扉を開け廊下を全力で走り逃げていった。
それを見た薫は「待ちなさいっ!この馬鹿透!」と言いながら透を追い始めた。クラスメイトはその様子を温かい目で見ていた。そして、二人の幸せと透の無事を祈った。
その風景は、平凡で平和な日常である。
透は、こんな平凡な日常がずっと続くと思っていた。
しかし、透の人生においての〝平凡な日常〟は今日で終わることになるのだが、それを知る余地もない。
彼の運命の歯車は、今もまわり続けている………………
~To be continued~
感想や指摘などを書いてくれると、作者はうれし泣きします。