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日本人という曖昧。

作者: ハルメク


小論文体に飽きたので会話文のような文章を書き綴ろうと思います。 まず日本人に普遍にある特徴として、全体主義が上げられると思います。これは良く言われていることですね。

「和」

を尊しと成す日本人です。しかし現在の全体主義は只の全体主義ではなく、米国の文化流入と共に浸透したと思われる個人主義と習合した曖昧な全体主義です。


ぼくは現在、高校生をやっているのでその曖昧な全体主義を肌で感じることが出来ます。

個性だ個性だと制服を着崩したり、髪を染めたり、ピアスをしたり。女子生徒はスカートを極端に短くしたりしています。そのくせ、スカートから下着が見えることを気にします。ある時には下着を見られたと被害者ぶることもあります。

これらは個性を大事にしようとする個人主義とみんながそうするなら自分もそうしようという全体主義によって引き起こされた結果としての矛盾ではないでしょうか。


この曖昧な全体主義が支配する学校では、優秀な生徒は苛めに遭いやすいのです。勉強が出来るというのは個性の一つですが、その優秀な生徒が周りに気に入られなければそれは全体からはみ出したことになり個性も仇となってその生徒はいじめられしまいます。

曖昧な全体主義の論理はこれから社会にどのような影響を与えていくのでしょうか。

ぼくは日本社会が質的貧困化するのではないかと思っています。曖昧な全体主義はある範囲内に日本人のあらゆるものを留めようとし、また個人主義を奨励するのです。自己中心的な人が増え、付和雷同しか出来ない人しかいなくなってしまうのではないでしょうか。

主義を一本化するような出来事が起こればこの状況を打開できると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハルメクさんの文章はよく読ませてもらっています。 批判精神が色々なところに向けられていますが、私には、賛成・反対はともかく、いわゆる「学校批判」が大変リアルに感じられます。
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