殺してもいい人間
第7話です。今回は少し短いですが、よろしくお願いします。
「あら、響。霧崎さんは?」
起きてきた響に、和子が不思議そうに首をかしげた。きつね色のトーストにマーガリンを薄く塗りながら、響が答える。「部屋で、まだ寝てるよ」
「そろそろ起きないと、遅れちゃうわよ。同じ学校でしょう?」
「いいんだよ。あいつは学校に行ってないんだから」
「まぁ、本当」
「僕の部屋に入れといていいよ。あいつの目が覚める頃には、僕も帰ってくるからさ」
「ご飯は、食べないの?」
「枕元にポッキー置いといたよ」
笑いながら言う響の言葉を、和子は冗談だと受け取ったらしかった。しかし実際は冗談でも何でもなく、ポッキーは置いておいた。食べるかどうかはわからなかったが。「母さん、琴美は?」
「まだ寝てるみたいね。昨日は夜遅くまで粘ったみたいよ」
「琴美の一夜漬けで乗り切る癖も、そろそろ何とかしたほうがいいかもね。高校では通用しないから」
「そうねぇ」
コロコロと笑う和子に、響はただ笑みを返す。琴美が家にいる間に霧崎が起きてくる可能性はゼロだ。枕元のポッキーの箱に「部屋から出るな」と書いたメモを貼り付けておいたし、霧崎が部屋を出るメリットはどこにもない。「じゃあ、行ってくる。今日は午前中までだから、昼からは霧崎と買い物に行ってくるよ」
「はいはい。行ってらっしゃい」
琴美があくびをしながら起きてきた。「試験頑張れよ」と声をかけ、響はバス停に歩を進めた。
今日の自分は、ずいぶんと機嫌がいい。まるで他人事みたいな言い方だが、事実そうなのだから、仕方がない。
ずっと、何年も前から待ち望んでいた共犯者。誰もが認める完全犯罪を、自分はついになし得る機会を得たのだ。
その日の授業は上の空だった。わざわざ聞かなくても、すでにわかっているから、別に聞く必要はないのだ。……早く帰りたい。
そんな響の願いは、最後の四時間目の授業のときに吹っ飛んだ。
四時間目の授業は保健体育。担当は、樋口だ。
太い身体を揺らしながら授業を進める様子は、見るからに面倒がっている。思わずため息が出そうになるのを、半ば必死で抑えた。口から出てくる言葉に、教科書の言葉は数えるほどしかない。基本的に愚痴だ。――こいつ、本当に殺していい人間だな。
樋口は、たいてい全ての授業が終わってから、すぐに学校を出ている。昨日の夜、いつもより早く終わる今日を利用して、樋口を尾行してみようという話になったのだ。
板書された文字の羅列を眺めながら、ぼんやりと今日の計画を練る。霧崎の風貌と服装は目立ちすぎるから、早めに帰って服を買いに行こう。樋口の目的地は、おそらくは歓楽街。近くに大きなデパートが立ち並んでいるので、いくつか店を回ってみるつもりだ。
「はい、じゃあそろそろ終わる。号令」
結局、一時間の授業で一ページも進んでいない。やる気があるのか、こいつは。
――まぁ今そんなことを言っても仕方がない。もうすぐ、お前は死ぬんだ。