表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

紅茶を飲みながら

第5話です。よろしくお願いします。

「おかえり、響。早かったのね」

「先生たちの会議だってさ。……あ、友だち連れてきたから、部屋に上がってもらうよ」

 制服姿の響とは対照的に、黒ずくめの、明らかに制服ではない服装の霧崎を、和子が不思議そうに見る。「響がお友だちを連れてくるなんて、珍しいわね」

「そうかな」

「なんだか、お友だち付き合いよりも、読書が好きみたいなんだもの。安心したわ」

「紹介するよ。同じクラスの、霧崎っていうんだ」

「霧崎さんね。よろしく」

「――初めまして」

 小さく頭を下げる霧崎に和子は目を細め、「甘いもの、好きかしら。お昼にケーキ買ってきたの」

「……お構いなく」

「遠慮するなよ。――母さん、頼むよ。僕のと二人分」

「はいはい。響は本当に甘いものが好きね」

 楽しそうに笑いながら、和子が台所へ向かう。響は霧崎を部屋に案内し、電気をつけた。「甘いもんが好きなのかよ」

「……女々しいとでも言いたげだな。小さい頃から、母さんがよく買ったり作ったりしてたんだよ。琴美も好きだし」

「琴美?」

「妹さ」

 適当に座れよ。響にそう言われ、霧崎はベッドの縁に腰を下ろした。

「……意外だな」

「何が意外なんだ?」

「あまりにも普通の家だった」

「また微妙な感想だな。どういう意味だ?」

「こんなに普通な家で、あんたみたいな人間が育ったのが不思議で仕方ねぇ」

 フッと響が口元をゆがめる。霧崎の目が鋭くなった。あの表情だ。さっきの、緋月の本当の表情。「緋月――」

 霧崎の声に、ドアのノック音がかぶった。学習椅子に座っていた響が、ドアを開けて盆を受け取る。「ありがとう、母さん」

「お紅茶でよかったかしら?」

「霧崎、紅茶で大丈夫か?」

「あぁ」

「よかったわ。ゆっくりしていってね」

 和子が微笑んでドアを閉めた。白いティーカップで、透き通った夕日色の紅茶が湯気を立てている。「へぇ、アンティックのショートケーキだ」

「アンティック? ……あぁ、ケーキ屋の名前か」

「ご名答。結構高いんだ、ここのケーキ。値段に見合うだけの味ではあるけどね」

 出された紅茶を一口飲み、響は口を開いた。「――霧崎。お前が、むやみに人に言いふらさない人間と信じて、聞いてもいいかな」

「聞くのは自由だ。まぁ、答えるのも俺の自由だけどな」

「十分だ」

 と、にっこりと微笑んでから、「お前は、この世の中を壊したいと思ったことはないか?」

「……ずいぶんと危険な思想だな」

「僕は常に思っているんだ」

 そう言ってから、響は紅茶を口に含む。霧崎は表情を変えずに響の話を聞いている。

「世の中を見ていると、実に中途半端だと感じる。周りは中途半端な人間ばかりであふれている。そのくせ、どこかが狂っているんだ、この世界は。――中途半端に壊れているよりは、いっそ全て壊してしまったほうが、よほどいいと思う」

「ふん、優等生サマの発言とは思えないな」

「言ったろ? 優等生なんかじゃないって」

「今のあんたを見てれば、よくわかるさ。今のあんたと外でのあんた、同一人物とは思えない」

「――霧崎は、僕に似ている」

 真っ白い生クリームをスポンジケーキと共にフォークで刺して。意味を知りたそうに見つめてくる霧崎からわざと視線を外し、響はケーキの上品な味を舌で堪能する。「もちろん、見目形じゃない。内面的な部分さ」

「俺は、あんたほどの過激派じゃないつもりなんだけどな」

「お前みたいなタイプが学校に来ていない理由を、僕なりに推察してみた」

 クリームを紅茶で喉に流し込み、響はかチャリとティーカップを置いた。「僕と同等の頭脳を持っているなら、少なくとも勉強で苦労することはない」

「――訳すと、自分は勉強で苦労したことはない、か。相当の自信家だな。嫌な性格だ」

「頭がいいだけの普通の高校生なら、学校で高校生活を楽しむだろうな。

 実際にお前みたいなやつを見て、弱いという印象は受けなかった。人間関係についてのトラブルで不登校……というのも考えにくい。大体、そうならわざわざA特待なんて取らないだろうしな。余りにも目立つから」

「……で?」

「つまりお前みたいなやつが学校に来ていない理由は、学校の学習内容があまりにも簡単すぎて、授業がつまらないから。――どうだ?」

 大分小さくなってしまったショートケーキを、響がさらに細かく切る。霧崎はティーカップを持ったまま、小さく口を開いた。「あんたは――」

「ここまではあくまで、世間一般の『お前みたいなやつ』に対しての推論だ。だけど、『お前』の場合は違う」

 フォークの先のケーキが、霧崎の鼻先に突きつけられる。ケーキの向こうに見える響の目は、油断なく光っている。

 推察の対象が『お前みたいなやつ』から、『お前』に変わった。それを聞いた霧崎の目も、自然と鋭くなる。

「お前は、人というものを見下している」

「根拠は?」

「目さ。すべてを見下したような、その目」

 響が指先で前髪をいじる。「服の好み、雰囲気、物腰、家柄……。第一印象でわかることは、結構多いぞ」

「性格までわかるもんなのか」

「――まぁ、後半ははったりだけど、あまりにも僕に雰囲気が似ていたからね。かまをかけてみたのさ」

「…………」

「霧崎」

 あまりにもあっさりと騙され、むくれていた矢先に名前を呼ばれ、霧崎は思わずびくりとした。「――壊してみないか」

「は?」

「壊してみないか? このくだらない、半端な世界を」

 皿の上でクリームにまみれて残っていたいちごを、響がフォークで刺した。「具体的にどうするんだ」

「わかってて聞いてるのか、霧崎? なら、単刀直入に言おう」

 ヒョイと、響のいちごが口の中に放り込まれる。




「完全犯罪を犯してみないか……と、聞いているんだ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ