紅茶を飲みながら
第5話です。よろしくお願いします。
「おかえり、響。早かったのね」
「先生たちの会議だってさ。……あ、友だち連れてきたから、部屋に上がってもらうよ」
制服姿の響とは対照的に、黒ずくめの、明らかに制服ではない服装の霧崎を、和子が不思議そうに見る。「響がお友だちを連れてくるなんて、珍しいわね」
「そうかな」
「なんだか、お友だち付き合いよりも、読書が好きみたいなんだもの。安心したわ」
「紹介するよ。同じクラスの、霧崎っていうんだ」
「霧崎さんね。よろしく」
「――初めまして」
小さく頭を下げる霧崎に和子は目を細め、「甘いもの、好きかしら。お昼にケーキ買ってきたの」
「……お構いなく」
「遠慮するなよ。――母さん、頼むよ。僕のと二人分」
「はいはい。響は本当に甘いものが好きね」
楽しそうに笑いながら、和子が台所へ向かう。響は霧崎を部屋に案内し、電気をつけた。「甘いもんが好きなのかよ」
「……女々しいとでも言いたげだな。小さい頃から、母さんがよく買ったり作ったりしてたんだよ。琴美も好きだし」
「琴美?」
「妹さ」
適当に座れよ。響にそう言われ、霧崎はベッドの縁に腰を下ろした。
「……意外だな」
「何が意外なんだ?」
「あまりにも普通の家だった」
「また微妙な感想だな。どういう意味だ?」
「こんなに普通な家で、あんたみたいな人間が育ったのが不思議で仕方ねぇ」
フッと響が口元をゆがめる。霧崎の目が鋭くなった。あの表情だ。さっきの、緋月の本当の表情。「緋月――」
霧崎の声に、ドアのノック音がかぶった。学習椅子に座っていた響が、ドアを開けて盆を受け取る。「ありがとう、母さん」
「お紅茶でよかったかしら?」
「霧崎、紅茶で大丈夫か?」
「あぁ」
「よかったわ。ゆっくりしていってね」
和子が微笑んでドアを閉めた。白いティーカップで、透き通った夕日色の紅茶が湯気を立てている。「へぇ、アンティックのショートケーキだ」
「アンティック? ……あぁ、ケーキ屋の名前か」
「ご名答。結構高いんだ、ここのケーキ。値段に見合うだけの味ではあるけどね」
出された紅茶を一口飲み、響は口を開いた。「――霧崎。お前が、むやみに人に言いふらさない人間と信じて、聞いてもいいかな」
「聞くのは自由だ。まぁ、答えるのも俺の自由だけどな」
「十分だ」
と、にっこりと微笑んでから、「お前は、この世の中を壊したいと思ったことはないか?」
「……ずいぶんと危険な思想だな」
「僕は常に思っているんだ」
そう言ってから、響は紅茶を口に含む。霧崎は表情を変えずに響の話を聞いている。
「世の中を見ていると、実に中途半端だと感じる。周りは中途半端な人間ばかりであふれている。そのくせ、どこかが狂っているんだ、この世界は。――中途半端に壊れているよりは、いっそ全て壊してしまったほうが、よほどいいと思う」
「ふん、優等生サマの発言とは思えないな」
「言ったろ? 優等生なんかじゃないって」
「今のあんたを見てれば、よくわかるさ。今のあんたと外でのあんた、同一人物とは思えない」
「――霧崎は、僕に似ている」
真っ白い生クリームをスポンジケーキと共にフォークで刺して。意味を知りたそうに見つめてくる霧崎からわざと視線を外し、響はケーキの上品な味を舌で堪能する。「もちろん、見目形じゃない。内面的な部分さ」
「俺は、あんたほどの過激派じゃないつもりなんだけどな」
「お前みたいなタイプが学校に来ていない理由を、僕なりに推察してみた」
クリームを紅茶で喉に流し込み、響はかチャリとティーカップを置いた。「僕と同等の頭脳を持っているなら、少なくとも勉強で苦労することはない」
「――訳すと、自分は勉強で苦労したことはない、か。相当の自信家だな。嫌な性格だ」
「頭がいいだけの普通の高校生なら、学校で高校生活を楽しむだろうな。
実際にお前みたいなやつを見て、弱いという印象は受けなかった。人間関係についてのトラブルで不登校……というのも考えにくい。大体、そうならわざわざA特待なんて取らないだろうしな。余りにも目立つから」
「……で?」
「つまりお前みたいなやつが学校に来ていない理由は、学校の学習内容があまりにも簡単すぎて、授業がつまらないから。――どうだ?」
大分小さくなってしまったショートケーキを、響がさらに細かく切る。霧崎はティーカップを持ったまま、小さく口を開いた。「あんたは――」
「ここまではあくまで、世間一般の『お前みたいなやつ』に対しての推論だ。だけど、『お前』の場合は違う」
フォークの先のケーキが、霧崎の鼻先に突きつけられる。ケーキの向こうに見える響の目は、油断なく光っている。
推察の対象が『お前みたいなやつ』から、『お前』に変わった。それを聞いた霧崎の目も、自然と鋭くなる。
「お前は、人というものを見下している」
「根拠は?」
「目さ。すべてを見下したような、その目」
響が指先で前髪をいじる。「服の好み、雰囲気、物腰、家柄……。第一印象でわかることは、結構多いぞ」
「性格までわかるもんなのか」
「――まぁ、後半ははったりだけど、あまりにも僕に雰囲気が似ていたからね。かまをかけてみたのさ」
「…………」
「霧崎」
あまりにもあっさりと騙され、むくれていた矢先に名前を呼ばれ、霧崎は思わずびくりとした。「――壊してみないか」
「は?」
「壊してみないか? このくだらない、半端な世界を」
皿の上でクリームにまみれて残っていたいちごを、響がフォークで刺した。「具体的にどうするんだ」
「わかってて聞いてるのか、霧崎? なら、単刀直入に言おう」
ヒョイと、響のいちごが口の中に放り込まれる。
「完全犯罪を犯してみないか……と、聞いているんだ」