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A特待生

第3話です。よろしくお願いします。

 翌日。琴美がバタバタと準備を始める頃、響は家を出る。朝課外があるからというのもあるし、ラッシュに巻き込まれるのが嫌だからだ。

 くだらない人間たちの、くだらない話。そんなものを朝から聞くくらいなら、睡眠時間を三十分削ったほうがはるかにマシだ。

 運良く座ることのできたバスの中で、周りに知り合いがいないのを確認してから、鞄の中の本を開く。別に見られても構わないのだが、犯罪史の本を読んでいるところを見られでもしたら、後々付き合いに支障が生じるのだ。

 人の変わったところに、あまりにも過敏に反応する。こういった点、学生は実に面倒だと思う。

 何ページかの後書きは全てすっ飛ばし、鞄の中に本をしまう。代わりに携帯電話を取り出し、ディスプレイを見る。――ツイてない。学校に着くまで、あと五分ある。

 単語帳でもめくっていようかとも考えたが、あいにく授業内容は全て頭に入っている。というよりは、二年生のときにすでに自主的に終わらせてしまった。仕方がないので、携帯電話でインターネットのニュースを見ることにした。

 窓からの景色が、学校近くのそれに変わった頃、響は携帯電話を閉じた。サイレントマナーモードになっているのを確認し、鞄の内ポケットに押し込み、バスを降りる。

「おはよう、緋月くん」

「あぁ、おはよう」

 教室で騒ぐクラスメートたちににっこりと笑い、挨拶を返す。全自動で出てくる笑顔は、いたって平和で理想的な学校生活を自分に提供してくれている。

 さわやかで優しい、優等生。何年と被り続けてきたその仮面は、おそらくもう外れないのだろう。……まぁ、外すつもりもないのだが。

 黒羽高校は、成績ごとにクラスが分けられている。上から、難関クラス、特進クラス、準特進クラスで、年に一度だけクラス替えのテストがある。

 響は当然難関クラスだ。その中でも、彼は飛び抜けて頭がいい。

「緋月くん、この間の生徒会で出た議案なんだけど。みんなにしてもらったアンケートの結果が出たから、渡しとくね」

「あぁ。わざわざありがとう」

「ううん、気にしないで。生徒会長さんも、大変だね」

 生徒会の生徒会長。優等生を演じるためだけに、築いた絶対的な信頼で手に入れたポジション。優位なポジションは持っておいたほうがいいというのが、響の持論だ。

 アンケート結果を渡しに来た、副会長である三原みはら 綾子あやこに、口元だけの微笑で返しながら、アンケート用紙に目を通す――フリだけする。

 興味ない。結果の予想はできていたし、アンケートをしようと言い出したのは三原だ。「書いてない人がいるのは、このクラスだけなの。なんか、少し恥ずかしかったよ」

「誰が書いてないんだ?」

「書いてないって言うよりも、学校に来てないの」

「――霧崎か」

 響と同じ難関クラスの、霧崎きりさき りゅう。授業はおろか入学式も来てないという、前代未聞の生徒だ。

 いや、それだけなら前代未聞でもないのだろうが、竜は響と同じく推薦で、しかも同点でトップ入学したA特待生ということだ。担任の教師が、「内緒だぞ」と言って、教えてくれた。「どうして霧崎くん、学校に来ないんだろう」

「さぁね。誰かあいつと同じ中学のやつ、いないのか?」

「うん。それ以前に、顔を見た人もいないらしいの」

「どんなやつなんだよ……」

 小さく息をつき、「アンケート、ありがとう」と、もう一度言う。

「今日、英文法のテストだね」

 いつまで話す気だ。うんざりした思いは露ほども表には出さず、人当たりのよい笑顔は崩さない。「緋月くん、勉強した?」

「まぁ、それなりにね」

 していない。何もしていない。と言うより、テストがあったことも忘れかけていた。

「それなりに、かぁ。緋月くんって、本当に頭いいよね。うらやましいなぁ」

「はは、そうかな」

「だって、黒羽高のA特待生なんて、めったにないって、先生が言ってたもん。しかも推薦入学。この学年で、A特待生って二人しかいないんだって」

「へぇ」

「もう一人は誰なんだろう……緋月くん、知ってる?」

「いや、知らないよ。A特待生だからって、言いふらすことでもないしな」

「そうだよね。……うーん、気になるなぁ」

 自分は別に気にならない。知っているのだから、当たり前だが。

 そろそろ三原も図々しいと思ったのだろう。じゃあね、と一言言い残してから、パタパタと自分の席に帰っていった。もう、あと五分ほどで朝課外が始まる。

 三原との会話で出てきた名前――霧崎竜。

 見てみたい。黒羽高A特待生は、自分で言うのもなんだが、確かにものすごい。A特待生になれるくらい頭がいいのなら、普通だったら早い話、学校はそれなりに楽しいはずなのだが。

 自分と同等の頭脳を持っていながら、学校に来ない理由を、ぜひとも聞いてみたいと思った。


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