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家族

第2話です。よろしくお願いします。

「ただいま」

「おかえり! 今日の晩ご飯はシチューだって」

「そっか。お前、シチュー大好きだもんな」

「お兄ちゃんだって好きでしょー?」

 腕にぶら下がってくる妹――琴美といって、中学三年生だ――に、「重い」と言ってやれば、ムッとしたように唇をとがらせる。「それが、中学生の女の子に言う言葉?」

「何が『中学生の女の子』だよ。そろそろ試験だろ。『中学生の女の子』は、試験勉強しなくてもいいのか?」

「うるさいなぁ。あたしはお兄ちゃんと違って秀才じゃないの!」

「だったら、なおさらだろ。数学なら教えてやるよ」

「ほんと? なら、ちょっと待ってて!」

「あんまり簡単なの持ってくるなよ」

 階段を走って上がる背中に声をかけたが、実際そんなに簡単な問題ではないだろう。なんだかんだ言っても、琴美は試験では毎回、一桁の順位を持って帰ってくる。

 自分も自室に上がり、机に本だけ置いて、再び下に降りる。

「おかえりなさい」

「あぁ、母さん。ただいま」

「今日はどこに行ってたの? デート?」

「そうならいいんだけどね」

「勉強の虫のお兄ちゃんが、デートなんか行くはずないじゃん。お兄ちゃんの恋人は、数学の参考書でしょ」

「おい、琴美――」

「ね、ここ教えて!」

 琴美が響にシャーペンを手渡す。見せられたのは、確かに若干ハイレベルの応用問題。「図形か」

「苦手なんだもん、平面図形……」

「こういう図形は、ここに補助線引いてやればいいんだよ」

「え、どうして?」

 こう引いてやったら、この線分と平行になるだろ。そう言うだけですぐに理解するあたり、琴美もやはり頭がいいのだろう。自分で数字を書き込み、琴美は響を見た。「どう?」

「合ってるよ」

「ほんと? やった」

「母さん。今日はシチューだって?」

「そうよー。寒くなってきたし、琴美がどうしてもって言うんだもの」

「やっぱりか」

「あー! お母さん、言わないでよ!」

 不満げに声を上げる琴美をよそに、響は問題集をテーブルの隅によける。それを見てから、専業主婦の母、和子がシチューをテーブルに運んできた。

「はい、熱いわよ」

「ありがとう」

「おいしそう! ね、おかわりある?」

「全部食べてから言いなさい」

 和子が笑いながら言う。「はぁーい……」と、おどけたように言う琴美に、響はクスクスと笑った。

「あー、また明日から学校かぁ」

「テストはいつからなの?」

「明後日から、二日間。初日に数学と英語だよ。もう最悪!」

「どっちとも、勉強すれば点数取れる教科だよ。高校に入ったら、数学がいくつにも分かれるんだからな」

「えぇー! やだ、困る!」

 今にも泣きそうな琴美に、和子が声を上げて笑う。

 あまりにも普通の――いや、ひょっとしたら普通以上に――幸せな理想的な家庭の中で、何故自分だけがこうなったのだろうか。

 犯罪を犯したくてうずうずしている。自分の頭脳がどこまで通用したいか、試したくて仕方がない。

 悲劇の主人公を気取るつもりは、さらさらないが、それでも疑問に思う。琴美も母さんも、こんなに普通の人なのに。

「――母さん、父さんは?」

「今日は早いみたいよ。さっき連絡があったの」

 響たちの父親は大学教授だ。忙しく働いているため、早く家に帰ることはほとんどない。「あ、帰ってきたみたいね」

 玄関から聞こえたガチャガチャという音に、和子が反応する。

「父さん、おかえり」

「あぁ、ただいま。今日はシチューか」

「琴美の熱烈なリクエストらしいよ」

「もう、お兄ちゃん!」

「本当に琴美はシチューが好きだな」

 と笑いながら、父――雄三も椅子に座る。「響、もうすぐ模試じゃないか?」

「そうだよ。一週間後」

「ちゃんと勉強しているか?」

「してるさ。――それよりも、その前に琴美が明日から試験期間だ。中学の数学は、まだ簡単だからな」

「お兄ちゃんは頭いいもん。あー、出来過ぎた兄を持つ妹って不幸だなー」

「お前だって、いつも順位は一桁だろ」

「中学三年間、全部トップのお兄ちゃんに言われても、全然嬉しくないですー」

「琴美、そんなこと言わないの」

「中学内容は早めに終わらせて、高校の勉強したほうがいいぞ。高校の準備してなかった奴らが、赤点取ってるんだからな」

「はいはい、心がけます」

 その返事を聞いてから、響は手を合わせ、立ち上がった。「ごちそうさま」

「響、おかわりは?」

「いや、今日はいいよ。おかわりなんてしたら、琴美に殺されそうだ」

「お兄ちゃん!」

 頬を膨らませ、琴美が不満げに声を上げる。「母さん、コーヒー淹れてくれないか。今日は朝まで勉強するから」

「うわぁ、お兄ちゃんったら、がり勉」

「嫌な言い方するなよ。お前だって三年後は大学受験だ」

「あたしはその前に高校受験が来るもん。推薦で黒羽高の特待取ったお兄ちゃんには負けるけど、そこそこのとこに行ってみせるもん」

「二人とも、その辺にして。はい、響、コーヒー」

「ありがとう、母さん」

 白い湯気が立ち上る、黒いコーヒー。ブラックを好むようになったのは、いつからだろうか。父親の影響か、小学生くらいのときからコーヒーは飲んでいた。

 そうだ、確か中学三年生頃からじゃなかっただろうか。受験勉強に備えて、コーヒーをブラックに変えた気がする。と言っても、受験勉強らしい受験勉強など、していなかったが。「じゃあ、少し早いけど部屋に帰るよ」

「先にお風呂に入ってね。湧いたら呼ぶから」

「あぁ、わかった」

 コーヒーを一口だけ飲んで、自室に上がる。本棚にズラッと並んだ参考書や学術書、あとは趣味の犯罪史の本など。隙間一つ無く几帳面に並べられているのは、読書好きの所為か、それとも完璧主義者故か。

 何度も読み返した本には目もくれず、椅子に座りながら図書館で借りてきた本を開く。模試の勉強は、これを読み終わってからにしよう。

「………」


 完全犯罪。


 何度も何度も、実行してみたいと願った、たった四文字の言葉。

 絶対に裏切らない同士が欲しい。自分と同等か、もしくはそれ以上に頭がよく、冷静な同士が。

 しかし結局それが簡単に手に入らないのがわかっているからこそ、あきらめてしまう。本当に、同士さえ手に入ればいいのに。

 そうぼんやりと考えながら本を閉じたとき、母親が響を呼んだ。




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