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理想

第16話です。よろしくお願いします。


 セーラー服が気に入ったから。

 そう言って、部屋に帰ってからもセーラー服でいるようになったのは、つい最近のことだ。アメリカには制服といったものがないから、新鮮なのだろう。

 そこまで考えて、モアは小さなため息をついた。「杏里」

「うん」

「今日の晩ご飯、何がいい?」

「うん」

「ジャパニーズフード?」

「うん」

「……ファーストフード?」

「うん」

 机に積み上げられた事件の調書。1枚1枚丁寧に目を通すコヨーテを見ながら、若い男性が苦笑した。

「すごいなぁ。女子高生で、こんなに熱心に事件に取り組むなんて」

「うん」

「僕なんか、毎日課長に怒られてばっかりですよ」

 彼の名前は藍川あいかわ しゅう。警視庁の刑事で、クラッシャー事件を担当している1人だ。

 アメリカの警部から、日本警察に話が通ってから2日後。コヨーテとモアは荷物を持って、警察庁の近くのマンションに部屋を借りた。

 その際、顔を見られるのは不都合だからと、コヨーテが中継役を指定。口が固く、捜査に参加しなくても、支障が出ない人物――それが、藍川刑事だった。

「ねぇ、藍川さん」

「はい! なんでしょう、杏里さん!」

 コヨーテの名は伏せてある。使い分けができるモアのように、藍川がそれほど適応能力があるようには見えなかったからだ。「高校のときの得意教科は何?」

「はい、体育が得意でした!」

「5教科に決まってるでしょ」

 コヨーテの呆れたような目に、日本語がわからないモアもクスクスと笑う。そのままさりげなく出された麦茶に、藍川は「おっ」と言って一気に飲み干した。

「課題が出ちゃったんですよね、大量に」

「高校生ですからね! 僕は課題はやらない派でしたけど!」

「そういうわけにはいかないでしょ」

 コヨーテは深くため息をついて、頭を抱えた。その側で、パソコンのプリンターから次から次へと資料が印刷されてくる。「課題はきっちりやって、それでいて勉強には時間を割きたくないです」

「どういうことですか?」

「『ほどよく勉強し、適当にテストを乗り切り、一生懸命に部活に取り組む、友だち付き合いのよい女子高生』。――理想的な林 杏里は、そんな女の子」

「理想的って……あぁ、そうか。杏里は偽名なんでしたっけ」

「うん。あ、テストは心配いらないよ。日本語に『敬語』って概念があるのは知ってるし、使い方も完璧なつもり」

「はぁ……。すごいですね!」

 バサバサと印刷した資料をたたむコヨーテの横で、藍川が目を輝かせている。「だから、聞いたのよ、得意教科」

「そうですね。国語と英語でしょうか!」

「文系だったんだ?」

「はい! 数ⅢCが嫌で、文系に行きました!」

 ……彼はどこまで本気なのだろうか。考えられる限り、文理選択の最悪の選び方だ。コヨーテは痛む頭をブンブンと振り、ケータイを取り出した。「とりあえず、メアド交換をお願いします」

「え! 自分のですか!」

「当たり前でしょ」

「いやぁ、なんか照れちゃうなぁ」

「は?」

「現役女子高生とメアド交換なんて、憧れてたんですよ!」

「……はぁ」

 全力でハイテンションの藍川は、コヨーテの疲れた顔に気付かない。藍川を中継役にしたのは、失敗だったかもしれない。――そこまで考えて、コヨーテはかぶりを振った。

 モアがいる。いざという時、自分ではなくモアを守れるのは、『杏里』に忠実で素直な人間だ。単に事件を解決することだけを望んでいるのなら、すぐに『杏里』を守るに違いない。

「あ、モアさん!」

 ニッと人懐っこい笑顔を向ける藍川に、モアが少しだけ首を傾げる。「モアは英語しかわかりませんよ」

「あ、そっか。えーと……ティー、プリーズ!」

 本当に文系か、というくらい見事なジャパニーズイングリッシュ。それでも伝わるあたり、人のコミュニケーション能力というのはやはり高いのだろう。「OK」

 微笑するモアに、自分もアイスティーを頼む。そして、「今夜はジャパニーズフードがいい」と、さっきの問いに答えておいた。



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