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完全犯罪

 十七世紀イギリス 犯罪史。

 背表紙にそう書かれた本を、長い指が本棚から抜き出す。パラパラとめくり、何ページか目を通したあと、その青年は貸し出しの図書カウンターに歩を進めた。

 黒のタートルネックとコントラストになる金茶がかった髪が、照明を受けて光っている。世間一般で言う整った顔立ちは、本を読んでいる女性が顔を上げ、何秒か眺める程度に一目を引いた。

「貸し出し、お願いします」

 図書カードを重ねて司書の女性に本を差し出してから、レストルームのドアのガラスから、中の様子を見る。そんなに人は多くない。暖かな春の日差しが窓から差し込んでいる。

 今日は何時頃帰ろう。最近は日が沈むのが遅くなってきたけれども、テストも近いから早めに帰ろうか。

「終わりました。返済期限はニ週間後になります」

「どうも」

 口角を少し上げて微笑する。本を受け取ってから、彼はレストルームへと向かった。

 彼の名前は緋月ひづき ひびき。公立高校に通う三年生だ。このあたりでは飛び抜けて頭のいい黒羽高校に、彼は推薦入学、しかもA特待生で入学した。

 容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰、品行方正、と。彼を形容する四字熟語は、絵に描いたような『優等生』といったものばかりだ。所属している科学部の部員としてもいくつかの実績を持ち、部室にも何枚かの賞状が貼られていて、国立大学合格確実と誰もが言うほどの学力の持ち主でもある。

 レストルームの椅子に座り無造作に脚を組む様が、実に絵になっている。頭よし、顔よし。『天は二物を与えず』という言葉は嘘であると、自ら証明している。

 ――しかし彼は退屈だった。

 つまらなかったのだ。今の現状が。

 授業に出ても、教壇の教師が口にするのは、とっくに理解していることと、つまらないジョークだけ。部活に行っても、高校の設備でできる実験なんて限られている。

 友人付き合いも面倒だ。女だとか、誰と誰が寝ただとか。そんなくだらないことに時間を費やす、馬鹿な奴らがゴロゴロいる。

 唯一楽しいのは読書のときくらいだろう。知識を詰め込むのは、楽しい。それも普通の高校生が読まないような、犯罪史にとても興味がある。

 犯罪者の考えていること。何を考え、彼らはどうやって犯罪を実行するのか。どうして彼らは捕まるのか。――それらを読むたび、響は思う。僕ならもっと上手にやれるのに、と。

 こんな誘導尋問に引っかかるほうが馬鹿だ。証拠を残さないようにするには、こうすればいい。IQ180をゆうに超える頭脳は、犯罪者たちの失敗の原因をすぐに予測し、解決策をはじき出すことができる。

「つまらないな……」

 小さく口から出た声に、ハッとして顔を上げる。大丈夫、誰も気付いてない。みんな自分の本に夢中なのか、それとも思った以上に自分の声が小さかったのか……まぁ、どちらでも構わないが。

 響は、パタンと本を閉じた。どうして犯罪者たちはこんなにも馬鹿なのだろう。犯罪を犯すとなれば、冷静な思考を働かせることができないのだろうか。

 これが自分なら、と。響は心から思う。自分なら、もっとうまくやる。見つからず、捕まらない自信もある。

 日に日に強くなるその思いを、否定する気はない。ただ、一人ではできないという現実だけが、響をかろうじて抑えつけていた。

 絶対に裏切らない共犯者こそ、完全犯罪に不可欠なものだ。と、響はいつも考えている。そんな理想的な共犯者が手に入れば、自分はためらわずに人を殺めるのだろう。

 そこまで考えたところで、ジーンズ越しに感じるバイブレーションの感覚。ポケットに入れておいた、シルバーグレーの携帯電話を取り出して、ディスプレイを見る。受信したメールを開くと、妹からだった。

 『何時頃帰る?』。年頃の女の子らしく、キラキラとデコレーションされたメールに、メールにデコレーションなどしたこともない年頃の自分は短く返す。

 『今から帰るよ』

 携帯電話をしまって外を見ると、水色とオレンジの空が広がっていた。

 ――永遠に続くのだろうか。この退屈な日常は。

 頭の片隅で浮かんだ、ある種恐ろしい考えを追い払うように、響は小さくかぶりを振った。



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