大朔ノケツイ
俺は改めてこの部屋を見渡していた。
四つん這いの女が現れてから、何かと忙しかった。
次に何が起こるか分からないため、ヨウが休んでいる間に色々把握しておく必要がある。
この部屋は最初にいた部屋からみると、中々広い・・・
設備も結構そろってんな・・
ベッドもある。水だってでる・・なんだこの部屋。
蛇口をひねり、水が出ることを確認する。
すぐとなりを見ると、ドアがある。
他には・・ないな。
出口はここだけか・・
ドアの反対側には窓があった。
外を見ると、木々の間から月がのぞいていた。
夜・・ね。
随分ときれいな月だな。
ここに怨霊がいることを忘れてしまうようだ・・・
「月が好きか・・?」
見るとアランが眼を細めてこちらを見ていた。
「月・・そうだな。
月を見ると心が落ち着く。幻想的な気分になるんだ。
あんたも好きなのか?」
「あぁ。月は私と同じ時間を過ごしたようなものだ。
私は”神獣”と呼ばれる一族だったが、わけあって一族を抜けたのだ。
そしてある山奥の洞穴に住んでいた・・
誰一人あの場所を訪れることない、深い深い森の中・・
そんな暮らしは嫌なものではなかった。むしろ気に入っていた。
私は幾日も幾日も月を見て眠った・・
しかし・・今はそんな貧弱な腕輪に縛られる運命にあるがな・・」
声のトーンが一気に下がった事は俺でもわかった。、
アランのその紅い眼は腕輪をしっかりと捕らえていた。
鋭く・・まるで今この場で壊したくてうずうずしているようにも見えた。
どうやら、アランの過去にはこの腕輪が深く関わっているようだ。
俺はその過去が気になったが、今は聞かないことにした。
すべての生き物にはそれぞれつらい過去というものがある・・
それを聞く権利は俺にはないだろう・・・
俺にだって辛い過去があるんだ。
「アラン・・この洋館のことを教えてくれ・・」
この話から離れるために俺は話題を変えた。
「悪いが、俺はこの館のことにはあまり詳しくない。
ただ、この部屋の外にはおびただしい数の何かが居ることは確かだ。」
アランはチラリとドアを横目で見ながら言った。
そんなにたくさんの数が・・
俺は無事にここから出られるのか?
「どうやらここで徘徊している者どもは、はっきり言って相手にならんものばかりだ。
しかし・・動かない奴らもいる。
おそらくそいつらは力のある者たちであろう・・
その者たちは、私たちの存在に気づいている。」
気づいてる!?
そんな・・!!
それじゃあ、こっちに来るのも時間の問題だろ!!
「そんな・・こんなところに留まっていたらすぐにでもそいつらが来てしまうじゃないか!!!」
「落ち着け。言っただろう。彼らは気づいてはいるが、まだ動く気配がないと。
なぜこちらに来ないのかはわからない。私達に興味がないのだろう。
フン・・ここの連中は中々肝が据わっているな・・」
アランの表情はまるでこの状況を楽しんでいるように思えた。
こんな状況にも関わらず・・楽しんでいるというのか?
アランという獣・・神獣とはなんとおそろしい生き物なんだ・・
身体がかすかに震えたのが分かった。
大きく裂けた口・・
紅く妖しく輝る瞳・・
怨霊の前に気をつけなければならないのは、
それはもしかすると目の前の獣なのかもしれない・・・
俺はこの恐怖を必死に心の奥にしまった。
それは今後の俺にとって、必要なことだったからだ。
「それはそうと・・
その女はもう十分休息をとったであろう?
このままここにいても始まらないだろう。
ここは部屋を出ることが先決ではないか?」
そうか・・アランの言うとおりだ。
このままここに居ても死ぬだけだ。ここを出よう。
俺はヨウの状態を確認すべく、彼女をのぞきこんだ。
「!!」
ヨウはいつからか起きていたらしく、眼が開いていた。
びっくりしたー。
一体いつから起きてたんだ?
無言で横たわっていると死人そのものだな・・
「あ・・起きてたのか。もう平気なのか?
今アランと・・」
「聞いていた。ここを出るのだろう。
私はもう平気だ。」
あ・・そう。
どうやら最初から起きていたみたいだな・・
それなら起き上がればよかったのに・・
それじゃあ、ここを出るか。
それぞれ立ち上がり、準備を始めた。
「あ。そうだ。
ヨウ!ここから出るにはまずどうしたらいいんだ?」
ヨウはこちらを振り向き、答えた。
「まず・・この館は1階と2階に分かれている。
そして、1階の奥・・ひときわ目立つ扉。それが出口につながる扉だ。」
「ならそこに向かっていけばいいのか。
案外簡単に出られそうだな。」
「だが・・その扉には4つの鍵がついている。
とても頑丈で無理に壊すことは不可能だ。」
4つの鍵・・
「その鍵はどこに・・?」
「わからない」
わからない・・!?
だったらどうやってここから脱出するんだよ!!
「4つの鍵はそれぞれどこかの部屋に隠されている。
鍵を持つ者は力のある者・・
私のような非力な者には、鍵のありかなど知らされるハズもない。」
そんな・・
じゃあ、全部の部屋をまわらなきゃいけないってことか・・?
くそ!!
あいつらがウジャウジャいるこの館を・・っ!!
考えただけで恐ろしい。
「前に階級があると教えただろう?
おそらく、鍵はレベルCの霊が持っているだろう。」
レベルC・・
たしかレベルA、B、Cと・・レベルZがいたような・・
レベルCが持っているってことは、レベルZは一体何を・・?
「レベルZはどこにいるんだ?」
「レベルZは4つの鍵を開けた時・・
私達の前に現れるだろう・・」
・・・え?
何言ってんだよ・・
それは出口じゃ・・
「最後にそいつと戦わなければならないということか?」
そこまで黙っていたアランが会話に入ってきた。
「そうだ」
ヨウはただ淡々と答える。
アランはその言葉を聞いて、元々裂けていた口がこれでもかという位につり上がった。
笑っているのだ・・
こいつ・・
俺は気が遠くなりそうだ。
こんな奴らについて行ったら死が目前にあるように感じるよ・・
「では大朔。さっさとここから出ようか。
おれはレベルZとやらを見てみたい・・フ・・フフ」
おぞましい笑みを浮かべながらアランはヨウとともに部屋をでた。
俺の体力は最後までもつだろうか・・・
皆・・俺は絶対戻るから・・!!!
家族の元へ帰ることを堅く・・堅く・・決意する大朔であった。