ナゾノコエ
食い込む牙。
滴る唾液。
低く唸る野獣。
倒れて血だらけのヨウ。
まるで戦場のようだ。
目がかすむ・・血を流しすぎたのか。
なぜだろうか。
他の人から見ればただ事じゃないのに、
俺は冷静だった。
痛みすら感じない。
これは命の期限が近付いた?
ちがう・・
そんなんじゃない気がする。
もっと・・暖かい感じが・・
とても幻想的な感覚だった。
まるで異世界に来たようなかんじ。
すると、俺の頭の中で声がした。
細くて、今にも消えそうな声だった。
(・・けて・・・あ・・て)
なに?・・聞こえないよ・・・
もっとはっきり・・・グ!!
・・・!!!
「ぐッ!!・・あぁ!!」
何か幻想的な世界にいた気分だった。
だけど、
突然現実の世界に引き戻された感覚がしたと同時に激痛が俺を襲った。
肩が・・!!
獣はメリメリと音を立てて牙を食い込ませていった。
これはちょっとヤバイかもしれな・・い。
肩も心配だったが、それよりもなぜこの獣が急に自我を無くしたのかが気になった。
それにこの眼・・
見続けていたら今にも吸い込まれそうだ・・
今こいつのなかで何がおこっている?
獣の眼はギラギラと黒く輝いていた。
すべてを拒絶するその眼。
そしてその眼は言った。
その言葉は耳を疑った。
「ハ・・ハ・・ニクイ
ニクイ・・。
すべての始まりは・・
ハハがワタシをミステタ・・・こと・・
ハジマリ
ハジマリ
ニクキハハ・・」
母が憎い・・確かにそういった。
母が憎い?
なぜそうなる。
こいつの母さんは唯一お前の記憶の中で自身を愛してくれた存在なのに!!
ふざけんじゃねえよ・・
自分の殻にこもるのもいい加減にしろよ
ガッ!!
ブシャァアア!!!
俺は無理やり牙を肩からどけた。
大量の血が辺りに飛び散った・・
俺にはそんなこと関係なかった。
ただ怒りしか俺の頭になかったんだ。
「ハァ・・ハァ・・
おい・・・
お前本気でそんなこと言ってんのかよ。
お前の母さんは唯一お前自身を愛してくれたんだぞ!!
それを分かった上で憎いなんていってんのか!?」
それでも獣の考えは変わらなかった。
ただ、ニクイ・・それしか言葉を知らないように、
繰返し繰返しつぶやいていた。
「ニクイ・・ニクイ・・」
ボタボタ・・
ガク・・
ヤバイ・・力が入らねえ。
こんなとこで倒れたら・・
大朔は大量に出血し、もう立っていられないくらいフラフラだった。
そして、
意識を完璧に手放した。
薄れゆく意識のなかで、
アランが必死に俺を起こそうとしていた。
だけど俺はそれに答えることができなかった。
ごめん・・アラン。
心配してくれたのに。
やっぱり俺は成長しないままだったよ・・ごめんな。
こうして俺は目を閉じた。
でも、俺は死んでなかった。