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ヤミ スベテヲノミコム



そうか。


人間に兄弟を奪われ、

そして大好きな母親とも離され・・


引き取られた家で虐待が起き、


逃げた先で交通事故か・・



それもまだ子犬のうちに。

こいつはまだ楽しいさ、うれしさを味わう前に様々なことが起きたんだな・・


虐待・・か。

幼かったこいつには身を守るすべがなかったんだな。



俺はなんて声をかけてあげればいいのか分からなかった。

今、どんな言葉をかけても所詮は慰めにすぎないと思ったからだ。


俺が今感じたこの感情を同情なんて言葉で受け止めてほしくなかった。


俺は虐待がどんなに辛いことなのか分からない。


ただ、俺の想像をはるかに超える行為だというのは分かる。


それをこいつは生まれて間もない身体で、心でそれを受けてしまった。


身も心も張り裂ける・・まさにこの言葉の通りだろうか。



・・どうしたらいい?

俺はこいつを救ってやれるのか?


救いたい・・なんて言葉はなんてちっぽけな言葉なんだろう・・



俺は目の前に大きな壁があるように感じた。


分厚くて、どんなに沢山の本を読んで知識を手に入れても壊れないような巨大な壁が・・



俺は弱い・・すべてが・・


こんなときに何もできないなんて・・


俺は・・


まだまだ未熟だ。




「怖気づいたか?」


ふと、アランがボソッと声を漏らした。

俺はアランを横目でチラリと見た。

そして言った。


「気持は変わらない・・

 だけど、

 どんなふうに救ってやればいいのか、

 俺がこいつの心に土足で踏み入れてもいいのか・・

 

 ただ・・なにもかも分からなくなったんだ。」



俺の眼はしっかりと獣を見ていた。


獣はどこかに心を置いてきたかのように、ただ一点を見つめたまま動かなかった。

何かが壊れてしまったように・・



「大朔よ。お前はそれでいいのだ。

 こいつの心に踏み入るがいい。

 土足で・・たくさん、数え切れないほどの足跡を刻みこんでやれ。

 心に、閉ざしてしまったその心に・・

 お前が語りかけることでこいつは救われるかもしれないのだよ。

 この哀れな獣に愛情を・・、喜びを分かち合う友も何もかもすべてを奪われ、命を絶ったこの獣を・・

 

 すべては ”お 前 次 第”。


 お前がお前なりに




 ”救ってやれ”



         」



”救ってやれ”・・この言葉はちっぽけな言葉のはず・・


だけどアランが言ってくれた時はなんだか暖かく感じたよ。



「俺が・・俺らしく・・」



どの教科書にも載っていない・・俺らしさ。


教科書なんていらない。


そんなものじゃ、こいつらは救えない!!!



俺は獣を見つめた。

先ほどの迷いのある瞳は消え、片方の紅い瞳はさらに輝きを増し、

しっかりと喰らい付くように獣を見つめていた。

まるで紅い瞳だけ違う生き物になったように。



その時、

獣が少し動いた。ピクリ・・と。


それに気づかずに俺はゆっくりと獣に歩み寄った。



そして獣の目の前で言った。



「お前がそんな風に心を閉ざし、憎しみに溢れてしまったのは、

 俺達のせいだ。

 だけど、世の中にはやさしくて、お前を愛してくれるような人間もいるんだ・・

 

 だから・・!!・・!」



「愛・・?」



獣の眼に光が宿った。



「そうだよ。お前は愛されることができるんだよ。」


確かに獣の眼に光が宿った。


だけど、

それが嬉しかった半面・・

俺の心は胸騒ぎがしていた。



この胸騒ぎはなんだ。

こいつに光が届いただけで嬉しいはずなのに・・

なんだか俺のなかの何かが危険を感じ取っている・・



それは現実のものとなった・・



「グ・・ゥウウウ・・


 グァアアアアア!!!!」



獣は悶え、苦しんだ。

身体の中の何かと戦っているように感じた。


そして・・



獣は眼を思いっきり開いた。



その眼は・・



光は吸い込まれるように消え失せ、

獣の眼は真っ黒に、

まるでほんとうに闇に飲み込まれてしまったように黒く・・黒く染まってしまった。



「・・お前!!その眼・・どうし・・」



俺は獣に触れようとした。


その行動は悲劇をうんだ。




ボタ・・ボタ・・



「ぅ・・ぐ」



「大朔!!!」



アランは叫んだ。



そりゃ・・そうか。

俺うかつだったかな。


これは・・こいつの心の痛みのほんのわずかな部分。


そう考えたらこんなの全然・・



俺は・・・肩を深くえぐられるように



”獣”に噛まれていた。



「ゴフッ!!・・・」



「大朔!!おのれ!!

 子犬とはいえ、この力・・憎しみに心までも染まったか!!!


 ゆるさんぞ!!」



グルルルルル・・



ガァアアアアア!!



アランは低いうなり声をあげて、突進してきた。

獣を殺してしまう勢いで・・

殺意が身体から染み出していた。



だけどその攻撃もすぐに止めた。



俺がアランが制止するように、血にまみれた真っ赤な手をアランの顔めがけて突き出したからだ。


「・・ハァ・・ゴフッ!


 アラン・・いいんだ。

 お前の力は借りないよ・・

 

 今回はおれの力だけで・・


 こいつに・・”愛”ってものを教えたいんだ。」



「小僧・・

 もし・・私が無理だと判断したら、その時はお前の思い通りにはならぬぞ。」



「それで・・十分だよ」



ありがとう。アラン。

あんたの気持は無駄にしないよ。



俺は”獣”と向き合った。

以前のように言葉は喋れないらしく、文字通りの獣になってしまった。


一度根づいた感情はそう簡単に戻らない。

だけどこのままだとこの獣があまりにかわいそうだ。


これは義務じゃない。

おれの意志だ。



”救いたい”






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