タイセツナ キオク
メリ・・メリ・・
「・・ぐぁッ!!!」
獣はさらに力を加えた。
大朔の腕は血がボタボタと滴り、それが事の重大さを語っていた。
ぅ・・。
ヤバイな・・目が・・霞んできた。
俺はなぜかふと名前が気になった。
「あんた・・名前は?」
獣は一瞬目を細めた・・が、
まるで俺に怒りをぶつけるように叫んだ。
「・・私に名などないわ!!!
貴様。あまりふざけたことを言うな・・
己の首を絞めることになるぞ?」
獣は一瞬目を細めた・・が、
まるで俺に怒りをぶつけるように叫んだ。
俺は見たんだ。
その一瞬・・悲しそうな目をした奴を・・・
「そうかい・・。
お前は何に苦しんでいる?
俺はそれが知りたい・・教えてくれ」
知りたい?私を?
フッ・・何をバカげたことを・・
この状況を分かっ・・
「知りたいんだ!!お前を!!
ハァハァ・・苦しんでいるお前を助けたいんだ・・」
なにをバカげたことを・・
だが、
その眼・・何か不思議だな・・小僧。
私の知らない何かを教えてくれる・・そんな気がする・・
大朔の片方の紅い眼が、しっかりと獣を捕らえていた。
・・いいだろう。
話したところでコイツに何ができるわけでもあるまい。
私の一生を・・
短くして終わった私の一生を・・コイツに話してやる・・
「いいだろう・・小僧。話してやる。」
そういって、獣は大朔の腕からその鋭い牙をはずした。
「やっと話す気になったか・・
ありがとう。」
俺はその場に尻もちをついた。
アランが駆け寄ってきて、
傷を見てくれようとしたが、俺は断った。
傷は見なくていいから隣にいてくれ。
といった。
そしたらアランは無言で俺を包むように座ってくれた。
獣はそんな俺達を見て、眼を細めた。
俺達を見ているけれど、その目線は何かほかのものを見ているように感じた。
そして話しだした。
「私は・・生まれた。小さな犬・・子犬として。
母がいて兄弟もいた。
幸せだった・・何もかも・・
家族がいるだけで・・他には何もいらなかった・・」
獣は天井を見て、大切な記憶の欠片をひとつひとつ思い出すような素振りをしだした。
私の小さな記憶・・
***
「お母さん!!
僕ね、走るのが得意なんだ!!」
「そう。よかったわね・・**」
「**ってぼくの名前?」
「そうよ。あなたに元気でいてほしいから**って名前をつけたのよ?フフフ
本当に元気すぎるくらいになっちゃったけどね?」
「**・・いい名前だね!!
じゃあ、もっと元気な子になる!!」
私の名前・・あったのか。
母が付けてくれた名前を忘れるとは・・私も闇に染まったものだ。
「ねぇお母さん。
あの大きな生き物は何?」
私は母の横にピッタリくっついていた。
「あれはね。”人間”っていうのよ?
お母さんが小さい頃から一緒に住んでるの。
ご飯と温かい寝床もくれるわ。」
ニンゲン・・
あれが人間かぁ。
「そういえばお母さん。
兄弟達がいつもより一匹少ないみたいだよ?」
母は悲しそうな複雑そうな顔をした。
「お前にもわかる時がくる。
その時は黙って受け入れなさい」
そういって母は眠った。
だけど僕は眠れなかった。
なんだか母の言葉が頭から離れなかったから・・
”わかる時”
これが僕にとって嫌なものだと思う・・
それから何日かたった。
母のもとにいたのは私だけだった。
兄弟達はみな、”人間”に連れて行かれてしまった。
私は怖かった・・
この時の私のは恐怖以外何もなかった。
だけど母だけは私のそばに居てくれた。
やさしく包み込んでくれた・・
だけど・・
僕にも”わかる時”がきた・・
ある朝、
僕を執拗に見てくる人間がいたんだ。
僕は怖くてお母さんの後ろに隠れた。
でも駄目だった。
幼かった僕は簡単に人間に捕まってしまった。
「お母さん!!お母さん!!」
僕は必死に鳴き、お母さんに助けを求めた。
何度も・・何度も・・
でも母は私を見つめるだけ・・
ついてくるだけで何もしなかった。
ついに母が見えなくなった。
そして
一気に不安、恐怖が僕を襲った。
その不安と恐怖は現実のものとなった。
太陽が昇り、沈む。
この時間は地獄のようだった。
毎日が空腹・・
母が恋しくて鳴けば人間から激痛を与えられ・・
しまいには血を吐くまでにいたった。
人間の手・・足が・・僕の身体を壊していく。
人間が・・
空腹、激痛、憎しみ、それらに対して何もできないという自分への憤り・・
生きることが嫌になった。
すべてが・・嫌になった。
だから逃げた。
どこまでも・・どこまでも・・逃げた。
だけど、神様はけっして僕に幸福を与えなかった。
ある夜、とてつもない音とまばゆい光の中、
僕は命の線を切った。
こうして私は短い命を絶った。
母がつけてくれた名・・
なんだったのか・・思い出せない。
少ない思い出。
ここの闇が記憶を削っているのか・・ワカラナイ。
ヤミ?
人間が私を死へと追いヤッタ。
・・・チガウ。
すべては・・母・・のセイ