イノチビロイ
「これはこれは・・無残な死に様だな
さぞ苦しんだだろうに」
「・・・」
さすがのアランも目を細めるような光景だった。
ヨウは・・その瞳は・・悲しげに、目の前にあるかつて生き物だった物体を見つめていた。
俺はその物体から目が離せなかったんだ。
いや、むしろ目を背けてはいけない気がしたんだ。
その物体は小さくて、血で赤黒くて、耳があった。
だけど・・なんの生き物か分からなかった。
だって・・ぐちゃぐちゃで原形が分からなかったから・・
うっ・・
俺は吐き気がした。
その物体だけじゃない。
辺りには血のようなものがまるで撒き散らしたように飛び散っていた。
物体を中心に。
「ぅ・・ヨウ。これは霊なのか?」
「これは・・いや、霊の本体だろう。
霊はどこかほかにいる。」
霊の・・本体。
そうか。ここには霊だけでなく亡骸もあるのか。
「こいつはなんの生き物だったんだ?」
「これは・・」
その時、黙っていたアランが口を開いた。
「犬だ。それも小さな犬。私と近いものを感じる。」
そうか。
アランはどちらかというと獣に近いんだったな。
何かを感じるのも仕方がないか。
アランならこの霊を感知できるかもしれない。
「アラン。この霊の居場所がわかるかい?
あんたなら分かると思うんだが。」
アランはこちらをチラリと向いた。
しかし、すぐに目をそらした。
「小僧。人間は時に考える事が必要なのだよ。
特に人間は知能が発達している。
お前は人間であろう?
だったらその人間の能力、今ここで使うがいい。
他人の力しか使わず、己の欲に溺れれば・・その先はもう見えている」
そう言ったきり、アランはずっと目の前の亡骸を見つめていた。
この館、いや、世界をよく知るがいい。
声が聞こえぬか・・小僧。
言葉は喋れぬとも悲痛な思いがお前には聞こえるハズだ。
この世の闇。
それを知った時、お前は何を思う?
姿、形は違えど、生き物にはそれぞれ意志があるのだ・・
それがこいつに分かるのか・・フッ。
いずれこの館の真実が分かる時がくる。
遅かれ早かれ・・な。
その瞬間が楽しみだ。
アランは一人、この先の結末がどうなるのか考えていた。
なぜこの館が作られ、なぜ大朔だけがこの館に連れて来られたのか。
その答えを知っているのはただ一人だった・・
俺は・・頼りすぎだったのか?
人間は一人では弱い。
だから集団で行動し、自分達を励ましあった。
その結果、大陸を占拠し巨大な国々が出来上がった。
しかし、人間はそ知能の高さ故に、
とんでもない過ちを繰り返し行ってきた。
そう、とんでもない過ちをね・・
頼りすぎ・・ね。
確かにそうかもしれない。
「そうだな。アランの言う通りかもしれないな。
人間は能力を無駄に使っているのかもしれない。」
”知能”。俺にはこれがあるんだな。
アランはあくまで”力”を貸す・・ということか。
「他の人間のように染まるな・・大朔。
お前はまだまだ子供。
何色にも染まる・・
決して闇に染まることのない人間であり続けるのだ。
それが今後のお前の運命につながる。」
アランは眼を細め、俺に言った。
その瞬間は、何か神秘的な空気が辺りを包んでいたように感じられた。
あの紅い眼は不思議と恐怖を感じなくなる。
なんだか懐かしいような・・
「大朔、アラン。
話を折るようで悪いが・・
来るぞ。」
「小僧。態勢を整えろ。
今度のは今までのようにいかぬやも知れん」
一気に空気が重くなった。
この感じ・・
俺がここに来た時と同じような感じ。
でも今までとは明らかに違うところがある。
重い・・上から押しつぶされそうだ・・
禍々しい雰囲気が以前の霊とは比べ物にならないくらい違った。
「ぅっ・・!霊気が・・
一体どこから来るんだ・・」
俺はまだ見ぬ敵に備えて、身構えた。
どこかにいるのは分かるが、敵の姿が見えぬ以上・・為すすべがない。
おれは辺りを見渡した。
椅子、カーテン、ドア、床、亡骸・・
「どこにも・・いない?
こんなに霊気があるのに・・」
その時、アランが叫んだ。
「小僧!!・・上だ!!」
・・えっ?
俺が気づいた時はすでに遅かった。
”それ”は、獣だった。
アランと同等かそれ以上かの大きさだった。
何の獣かは分からない。
何種類かの動物が合わさったような感じだった。
「・・このニオイ、人間か。
まだ私達を苦しめるつもりか・・?
ニンゲン・・にんげんニンゲンニンゲン!!!
憎い・・ニクイぞ・・ワタシは人間が憎い!!!
ァああぁああアアア!!」
その獣は喋ったかと思うと急に叫んだ。
「そんなに・・人間が憎いか。
なら聞かせてくれよ。その訳を。
俺は、お前達を救いたいんだ・・」
他人事なんかじゃない。
俺にだって責任があるんだろ・・
分かってるよ。それくらい。
「俺にどうしてほしいか言っ・・」
フワ・・
俺の周りで空気が微妙に揺れた。
トンッ・・
え?
背中に・・何か・・
「ニンゲン・・・誰を救いたい?
ワタシを殺しておいて・・ナニ言ってるのかナ?
オマエ・・
一番ウザイナ・・コロスヨ」
背後から声が・・!!
俺は振り向こうとした。
でも遅かった。
「ニンゲンには・・
何もデキナインダヨ?」
ドッ・・!!
ブシャァアアアア!!
なに・・これ?・・血?
「・・ッ!!カハッ!!」
俺は確かに背後をとられた。
血も確かに沢山でてる・・
でも・・だれの・・?
俺には異常がなかった。
「・・まさか・・」
「あらあら・・的が外れちゃった
完璧だと思ったのになぁ。オカシイナ」
俺は振り向いた。
目の前に、ヨウの顔があった。