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『お疲れ様でした』
クラス全員が礼をし、それと同時に終業の鐘が鳴った。
放課後になり、皆が席を立ち教室から人が減っていく。
「京平は今日塾だっけ」
後ろから肩を叩いてきた康平が僕に問う。
「いや、今日は休み」
去年の夏頃から塾に通い始めたが、今日は休みだから久しぶりにゆっくりしたいと思っていた。
「俺らは今日も部活だぜぇ」
「まぁ大会にはもう出ないけどな」
高校二年の冬の大会で僕らの部活動は終わりを迎え、今は下級生を中心に、次の大会に向けて頑張っている。大学受験に集中している僕を除く何人かの三年生は、下級生の手伝いのため自主的に練習を手伝っている。ここにいる二人もその口だ。
「後輩への指導とか、康平も達也も柄じゃないよね」
「よし。同志達也くん、一緒に佐藤くんを指導して差し上げよう」
「康平くん、それは良い提案だね」
達也にバッグを掴まれそうになるがギリギリで回避して教室のドアに向かって逃げる。
「っぶな。怖い先輩たちで後輩が可哀想だねまったく。じゃっまた明日」
「逃げられたか。お疲れ」
「バイバーイ」
部活に行く友人たちに別れを告げ、教室を後にした。
⭐︎
六月らしい今にも雨が降り出しそうな曇り空の中、歩いて家に向かう。
曲がり角を曲がると知っている背中が目に入った。こんな状況は今までも何度かあったが、大抵はこのまま何をせず彼女が視界から消えるまで、いつもより遅く歩いて帰る。
早歩きで彼女に並んで話しかける。
「久しぶり、紘」
たまに挨拶をするくらいで、少なくとも四年ほどまともに話していない気がする。
「っっ、久しぶり、京平くん」
「どうしたの? いつもは学校でも話しかけて来ないのに」
同じ小学校、同じ中学、同じ高校、クラスは違うけど、幼馴染の大山紘だ。そんなに都会じゃないから学校自体が少なくて、同じように全部一緒のやつもいるだろうけどパッと思いつかない時点で幼馴染とは言わないと思う。
僕の人生の中でも比較的長い関係だけどそこはそれ。中学一年以来会うことが減って、高校に入ってからは、避けてもいないけど会いに行こうともしていなかったから自然に距離ができてしまった。
「あぁー、まぁね」
「何?」
「もうすぐだなって」
もうすぐ、約束が降ってくる。
「そうね」
とっくの昔に、5年前に、果たす必要のなくなった約束が。
僕と紘、そして、もう一人の幼馴染との、内容だけは子供っぽい、思い返すのも辛い約束が。
「どうするの?」
僕の方が少し後ろを歩いているからか、紘の顔は見えない。
「んーー・・・別に集まらなくても良いかなって」
約束を果たすのには何も障害はない。でもなんとなくやる気が起きなかった。
「・・・そう。まぁ別に一人でも見ることは出来るしそれでも良いか」
前を向きながら紘が言った。
「じゃあ、私こっちだから」
「うん。じゃあ、またね」
そうして、自分から話しかけたくせに空気だけ重くして、もう今からは他人であるとばかりにあっさりと、僕たちは別れた。
⭐︎
「ただいま」
「おかえり、京平。ねぇ見て」
母がやけに嬉しそうにリビングから走ってきた。手には手紙?のようなものを持っている。
「手紙?」
「そう!奨太くんからの手紙」
驚きに声も出せず、渡されるがままに手紙を受け取った。
封筒には、ガタガタで薄い筆圧だが「佐藤京平へ 十島奨太より」と書いてある。
十島奨太。もう一人の幼馴染で、友達だ。友達だった。
かつてないほどに心臓が鼓動しているのが分かる。何か喋っている母の方に顔を向けることなく、靴を脱ぎ捨て自室へと走った。
ベッドにバッグを放り投げ、その場で手紙を開いた。
京平へ
紘もそうだけど、何日も呼んじゃって悪いな。
一応さ、二人がいない時も母さんとかに手伝ってもらってちょっとだけ彗星は見えたんだ。彗星って漢字かっこいいな初めて書いたけど。
見えたって言ったけどすごいびみょうでさ、おれの周りにそんなくわしい人いないから見えたってことにしとく。なんかスッキリしたからもういいや。
みんなと一緒の時はなんかがっかりしたけどさ、よく考えたらそんなに彗星が見たかったわけじゃなかったのかもって思った。
彗星の周期は5年とちょっとって言ってたからさ、今が2000年だから京平と紘は17才か。
さいきんはさ、息すんのがすごいつらくてさ、でもさ、がんばるからさ、また遊ぼう。そんで、今度は一緒に見よう。
「18だよ」
本当に字は読めるギリギリで、手紙読むのにはかなり時間かかったけど、読み終わった。
あいつが今いないのが悲しい。何もしてやることができなくて、何もできなかったことが悔しい。会いにいけないのがどうしようもなく辛い。最初よりも読みづらくなった手紙を机に置いて携帯電話を探す。
折り目に沿って曲がる手紙の裏面が目についた。
約束の場所で待ってる。
一文だけ、とても綺麗な文字で書いてあった。
期待なんてしていない。だって僕たちはあいつが死んだのを知ってる。葬式にだって出た。骨だって焼いた。
日に日に弱っていくあいつを見て、いつかは死んでしまうかもとか考えていたから、死んだと聞かされた時にそんなにびっくりもしなかった。朝早く、奨太の母から僕の母に電話がかかって来て、母さんが泣きながらお前の訃報を告げて、「そうか」って思った。泣きもせずそのまま学校に行って、朝の会で先生がみんなに告げて、葬式の日程の話があった。死ぬと思ってて、死んだと聞かされて、それでも実感なんてなかった。どうでもいいと思ってたわけじゃ決してない。実感がさ、湧かないんだよ。死ぬってのがどういうことなのか今でもわかんない。でもさ、焼かれたお前の骨をさ、箸で取ってさ、入れられた骨壷に触ってやっと、もう会えないんだって、それが死ぬってことなんだって。芯の芯から悲しくて初めて泣いた。
だから、期待なんてしていない。奇跡には限度があって、魔法なんてものが存在しないのが現実だって。そんな世界に僕たちは生きてるんだって。熱望してる、際限なく期待が膨らんでいるのが分かる。
携帯電話を手に取り、電話帳から紘の名前を探す。
三コールほどで電話が繋がった。
「彗星を見に行こう」
さっきよりも芯の通った声で彼女は応えた。
「行こう」
鼻を啜るような音が聞こえた。
佐藤京平 175センチ 黒髪 元サッカー部
大山紘 155センチ 黒髪 ロブ メガネ




