私は、知っている。
私は猫だ。
元人間で今の名前はヒメル、ドイツ語で空とゆう意味らしい。
私の主人は徹夜の末に、机に突っ伏して力尽きている。
足音が鳴らないこの体に感謝しつつ、眠るあなたの顔を覗き込む。
猫を飼ったとゆうのに、眉間の皴は相変わらず取れる様子がない。
出会った頃から何も変わらないあなた、頑なあなた。
愛おしい、あなた。
私は、知っています。
机に伏して眠るあなたの努力と涙の意味を、知っている。
今の私の手ではあなたに毛布を掛ける事は出来ないけど、私の舌が貴方の頬に伝う涙を拭う事は出来る。
私がいなくなって、早いもので3年が経ちました。
久々にこの家の玄関をくぐった時、荒んだ生活を想像して心配でしたが生活習慣を改めてくれた事を嬉しく思います。
洗われた食器。
干された洗濯物。
埃は取り切れていないけど、拭き後のあるリビングのテーブル下。
そして、整頓された生前の私の写真が飾られた仏間。
仕事や家事に追われる日々なのに、猫まで飼い始めてしまっている。
自分を必要以上に追い込むのは、あなたの悪い癖だ。
でも、同時に嬉しくもある。
私の姿は変わってしまったけど、あなたの優しさと頑固さは変わっていなかった。
私は、忘れない。
最後の時、病気で痩せ細った手を握りながらあなたは言った。
〝俺の妻はお前だけだ、だからどんな姿になってもお前を見つける〟
その言葉を胸に、私は目を閉じた。
眠った私は待ち続け、あなたは私を見つけてくれた。
そう、あなたは何時だって約束を違えた事はない。
それが、死者との誓いだとしてもあなたは破る事はないのだろう。
でも、私は心配です。
私はあなたに何もできないから、あなたを幸せにする事が出来ないから――私の事は忘れてほしい。
でも、あなたはこう言うのでしょう。
心配するな――俺は元気でいると、そこに居ない私に辛くても笑顔そう言うのでしょう。
その思いに対して、私が出来る恩返しは多くはない。
涙を拭うことは出来ても、止める事は出ない。
寄り添って眠る事しか、猫の私には許されない。
だから、私は鳴き続ける事にした。
この声が、きっとあなたに届くと信じて。
「お休みなさい旦那様、愛しているわ」
そう鳴いて、眠る貴方の隣で目を閉じた




