第6話_深淵
田中はベッドの横で膝をついたまま、しばらく動けなかった。
モニターの断続的な電子音と、蛍光灯のジーという耳障りな響きが、頭の奥で交互に反響している。
耳の奥で心臓の鼓動が混ざり合い、不規則なリズムを刻み始める。
それはまるで、この部屋そのものが田中の鼓動を吸い上げているようだった。
「……ここは、刑務所……いや、病院か?」
かすれた声が空気を震わせるが、すぐに無機質な壁に吸い込まれた。
深く息を吸い込むと、空気は冷たく湿り、肺の奥に重く沈み込んでいく。
呼吸が浅くなり、喉の奥がひりついた。
「くそっ……意味わからねぇよ……さっきまでプールみたいな場所にいたのに……」
声を若干荒げ、ゆっくりと膝に力を込めて立ち上がる。
視線の端には、鉄枠のベッドがぽつんと置かれ、そこだけがやけに整って見えた。
(……少し休むか……?)
そう思った瞬間、全身に警鐘が走る。
――ここで横になれば、二度と目覚められない。
田中は首を強く振り、視線を逸らした。
「……というか、寒い……これだけ貰うか」
湿ったジャケットを脱ぎ、肩に掛け直す。
ベッドに手を伸ばし、薄い毛布を引き寄せ、体を覆うように羽織った。
その瞬間、指先に触れた布の冷たさと微かなカビ臭さが、さらに不安を募らせる。
足元の床は異様に滑らかで、冷たさが靴底越しにじわりと染み込む。
ドアノブに手を掛けると、あまりの冷たさに声が漏れそうになった。
息を呑み、ゆっくりと捻る。
金属が軋む鈍い音が響く。
押し開けた先には、機械的に等間隔で並ぶドアの列。
天井には、ちかちかと不規則に点滅する蛍光灯が並び、奥行きを歪めていた。
廊下はまるで深淵のように口を開け、真っ直ぐ続いているはずなのに、その果てが霞んで見えない。
田中は喉を鳴らし、一歩踏み出した。
足音が、長い廊下の奥へ奥へと吸い込まれていった。




