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Liminal  作者: くちびる
第1章_プールルーム編

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第4話_ウォータースライダー

しばらく、タイルの冷たさを感じながら座り込んでいた。

動けば何かが変わるかもしれない――そう思ってはいても、足が動かなかった。


「……ここにいても……何も始まらないよな」


低く、かすれた声が自分の耳にも頼りなく響く。

膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。

足首や膝が重く、湿ったスーツが関節にまとわりつく。


(……人を…探そう。他にも…迷い込んだ人がいるはず…)

今は、それを信じるしかなかった。

信じなければ、膝が再び崩れ落ちそうだった。


「……なんだよ……これ……」


言葉が、意識よりも先に口からこぼれ落ちる。

それは視界に飛び込んできた光景が、現実離れしていたからだ。


目の前には、天井の高さが見切れそうなほど広大な空間が広がっていた。

床一面が、水面で覆われている。

足場はなく、わずかな波紋が、薄暗い照明の光を鈍く歪ませていた。

天井の照明は、どれも古びた蛍光灯のようにじりじりと瞬き、室内全体に不気味な陰影を落としている。


だが、何より目を引くのは――

その水面へと真っ直ぐ伸びる、異様な規模のウォータースライダーだった。


ありえないほどの大きさ。

何重にもねじれ、絡まり、巨大な蛇がとぐろを巻いたような構造。

赤い表面が湿り、照明の光を吸い込みながらも鈍く反射している。

見上げるほど高く、その起点は暗闇の奥に隠れて見えない。


梯子も階段もない。

滑り台の口以外に、下へ降りる道は存在しなかった。

最初から選択肢は奪われている――そう告げるように、無言でそこに鎮座している。


「……これを使うしか……先へは進めないってか……」


呟く声が、やけに重く空間に沈んでいく。

赤い大蛇のようなスライダーの口が、暗闇の中でぽっかりと開き、こちらを待ち構えていた。


それは地獄の入り口そのものだった。

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