表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Liminal  作者: くちびる
第3章_プレイルーム編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第12話_悲しい味は好きですか?

鳴り響く電話のコール音に、田中は立ち尽くしていた。

取るべきか、それとも無視するべきか。

鼓膜を打つその音はやけに鋭く、放っておけば頭の奥まで突き抜けてしまいそうだった。


(……もしかしたら……人と話せる……最後のチャンスかもしれない……)


震える手をゆっくりと伸ばす。

受話器を握った瞬間、指先に冷たい汗がじっとりとにじみ、黒い樹脂の感触が生き物のようにぬめって感じられた。

恐る恐る耳に近づける。


「……もしもし」


声はか細く、掠れていた。

それでもわずかな期待を孕んでいた。


――返事があった。


「おはようございます」


子どもの声だった。

透き通るように澄んだ美しい声。

一瞬、不気味に思えたが、あまりにも普通の挨拶が、張り詰めた田中の心をわずかに緩ませた。


「お……おはよう、ございます……あ、あの!あなたは……あなたは誰ですか!?」


突然の挨拶にぎこちなく反応し、必死に相手を探る。

受話器を握る手には、期待と恐怖で力が入りすぎていた。


「悲しい味は好きですか?ガラスのように儚いものですね」


「……?悲しい味……えっと、なんですか?どういうことで……」


眉をひそめ、言葉を絞り出す。

だが返答は、さらに理解不能なものだった。


「私は氷のように冷酷なものが好きです。石は暖かいので嫌いです」


淡々とした口調。

子どもの声なのに、そこには感情の起伏が一切ない。

耳に入るほどに、田中の背筋が冷たくなる。

まるで、合成音声をただ垂れ流しているだけのようだ。


(……これは……会話じゃない。言葉に……意味がない……)


頭の奥にじわりとした違和感が広がる。

期待して伸ばした手が、ゆっくりと石のように固まっていった。


(……もういい……切ろう……)


耐えきれず、田中は受話器を置こうとした。

だが、耳から離そうとした瞬間、受話器の向こうで声が続いた。


「――今日も、品川から帰るんですか?」


田中の動きが止まる。

心臓が跳ね、背中に氷の刃を当てられたような感覚が走った。


「……え……?」


さっきまで無意味な言葉を垂れ流していた声が、何の前触れもなく、現実の自分を知っていることを口にした。

それでもトーンは変わらない。感情の起伏のない、合成音声のような子どもの声のまま。


田中の喉が、ひゅっと塞がった。

肺に空気が入らない。

なぜそれを知っている?

誰が、どこで見ていた?


「水は純粋です。白と似たようなものですね」

受話器からは、再び意味を為さない言葉が綴られる。


「……っ、やめろ!!」


叫び、受話器を乱暴に投げ落とす。

黒電話のおもちゃは机の上でカタリと揺れただけ。

だが――


プルルルルルル……。


床に転がった受話器から、再びコール音が鳴り響いた。

だがその音は、先ほどよりも鋭く、壁や床を震わせるほどの大きさになっていた。

まるで部屋全体が、田中に「出ろ」と命じているかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ