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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぬるぬる星人とジトジト星人

 いい天気だ。

 洗濯物もよく乾きそう。


 私がベランダでジーンズを干していると、足元にぬるぬる星人がやってきた。

 ジーンズの裾を掴んでよじ登ろうとする。


「あっ……! やめて!」


 慌てて足で退けてしまった。

 泣きそうな目で見上げてくる。


「ごめんごめん……。でも、あんたが触れたらなんでもぬるぬるになっちゃうから……。ぬるっとしたジーンズなんて穿きたくないよ」


 もう手遅れといってもよかったかもしれない。

 私の部屋にあるものは大抵が既にぬるぬるしている。

 体長25センチのぬるぬる星人だから、高いところにあるものは無事だが……

 ちなみに私のてのひらはいつでもぬるぬるしている。かわいいからつい、撫でてしまうのだ。



 呼び鈴が鳴った。

 ぬるぬる星人をケージの中に隠し、出てみると、隣の部屋の木の子さんだった。


「真由ちゃん、ちょっと聞いていい?」

 おばさんらしい親しげなヒソヒソ声で、木の子さんが私に言った。

「最近、なんだか部屋がジトジトするのよ。……あなた、何かジトジトするものを部屋で育てたりしてない?」


「ジトジト……?」

 ほんとうに心当たりがなかった。

「してませんよー。梅雨だから仕方がいないんじゃないですか?」


「エアコンの除湿も効かないのよ? おかしくない? あなたの部屋はなんともないの?」


「ジトジトはしてませんね」


 嘘はついてなかった。ぬるぬるはしてるけど、ジトジトはしていない。


「そう? それならいいけど……。おかしなことしてたら大家さんに言うからね?」


 それだけ言って、木の子さんは自分の部屋に戻っていった。

 ……よかった。このアパートはペット禁止だ。無理やり中に入られて、私のかわいいぬるぬる星人を発見されたらどうしようかと思った。

 あるいは握手を求められて、私の手がとてもぬるぬるしてることに気づかれたらどうしようかと思った。


 ぬるぬるねちゃねちゃするドアノブを握って閉めて、部屋に入ると水で手を洗った。石鹸をつけて洗うと、少しだけぬるぬるが取れる。


「はい、閉じ込めてごめんね」


 ケージから解放すると、ぬるぬる星人が喜んで部屋じゅうを駆け回る。駆け寄ってきて、ドーナツを欲しがる。

 お皿に入れてあげたドーナツに夢中で吸いつく彼の頭や背中をどうしても撫でてしまう。かわいいから。

 少しましになったばかりのてのひらが、あっという間にぬるぬるになった。

 まぁ、気にしない。

 5年も一緒に住んでると、こんなのは慣れっこだ。





 夜、ぬるぬるの布団で眠っていると、目が覚めた。


「暑……っ」


 思わずリモコンを手に取り、エアコンをつけた。

 湿気がすごい。ジトジトする。

 ぬるぬるはかわいいから耐えられるけど、このジトジトはとても耐えられない。


 ふと、添い寝してくれていたぬるぬる星人を見ると、目をまんまるく見開いて、何かを訴えてる。ぬるぬる星人は声を出さないけど、何か異常事態を訴えているのはわかった。


 ぬるぬる星人の視線が、天井へ動いた。

 そのままじっと固まる。


 その視線を追って、天井を仰いだ私は悲鳴をあげた。


 薄暗い天井に、何かジトジトした、巨大な黒い、平べったいものが貼りついて、長い触角を動かしていた。


「気ヅイタカ」

 そいつが、喋った。

「俺ハ『ジトジト星人』ダ。俺ノ『ステルス能力』ヲ見破ルトは……貴様、タダの地球人デはナイナ?」


「たぶん……、宇宙人を飼ってるから」

 私は憶測で答えた。

「……だから、宇宙人に敏感なんだと思います」


「ソウカ……。トニカク、姿ヲ見ラレタカラニハ、貴様ヲ放ッてはオケン。悪イガ、ジトジトにサセテモラウ」


 ジトジト星人が飛んできた。


 黒い羽根を広げて、天井から落ちるように、飛びかかってきた!


 ぬるぬる星人が、私の隣から、飛び上がった。


「ぬっるぅー!!」


 初めてぬるぬる星人の声を聞いた。危機を察したら声が出てしまうのか。こんな声、出すんだ? かわいい。


「ジトジトジトジト!」

「ぬるぬるぬるぬるぅーっ!」


 私の部屋の中空で、二種類の宇宙人が、ぶつかり合った。


 そして絡み合う。ジトジトをぬるぬるで包み込もうとするが、油も混じっているようで滑ってしまうのか、なかなかぬるぬるがジトジトを包み込めない。

 ジトジトもぬるぬるに弾かれて、混じり合わない水と油のようにただ絡み合った。

 ジトジトとぬるぬるが混じり合ったりしたら、じめじめになってしまう。どうにかしなければ!


 私は走った。


 玄関へ行き、蠅叩きを取って来ると、部屋に戻った。


 ばしっ!


「ウワ……! 何ヲスルッ!」


 ばし! ばし! ばし!


 私はぬるぬる星人を退かせて、ジトジト星人を叩きまくった。一心不乱に叩きまくった。



 やがてジトジト星人は、叩かれ疲れたように動かなくなった。


「し……、死んだ?」


 私が聞くと、弱々しい声が返ってきた。


「ナ……ゼ……俺ダケ……嫌ウノダ」


「だって襲いかかってきたじゃん」


「俺タチハ……、年々降雨量ノ減ッテイル地球ニ、ジトジトをモタラシニ来テヤッタノダゾ」


「そんなの知らん」


「対シテ……ソコのぬるぬる星人ハ……地球ヲ侵略……」


 ばしっ! と私はジトジト星人の息を止めた。


 ジトジトは嫌いだ。ぬるぬるは慣れてる。私はトラックドライバーの仕事をしてるから、仕事でいつも汗と油で手がぬるぬるになるし。


 ぬるぬる星人が私を心配するように、隣に寄り添ってきた。

 

「もう大丈夫だよ」


 かわいいその()()()みたいな頭を撫でて、にっこり微笑んであげた。



 女子はかわいいものに弱いのだ。






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― 新着の感想 ―
面白かったです。この設定で最後まで書き上げられる作者様が凄いです。他の方のご感想にもありましたが、可愛いは正義!!!読ませていただき、有り難うございました。
読んでいるだけで湿度がいくらか増すような作品でした。 ジトジト星人の遺した不穏な言葉も気になるところですね…。
可愛いは正義!!!←
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