#8 悲しい告白
寒風山の雪もほとんど溶けて、晴れるが多くなり、五年生の年度末を迎えようとしていた。授業を終えて、掃除当番が、教室や廊下の掃除をしていたときだった。
僕と真夏は同じ当番だったので、いつものように、ちょっかいを出してからかったりしながら、掃除をしていた。そして、もうすぐ掃除も終わるという時に、真夏は、僕に近づいて声をかけてきた。少し照れ笑いを浮かべている。
「わたなべ、ちょっと‥」
そう言いながら、手招きしてきた。
なんだろう、と思いながら近づくと、少し首を傾げて、僕の顔を覗き込んだ。
「なんだ?」
僕は、また、何か変なことでも言われるのかと思っていた。そして、真夏は、辺りを気にしながら、僕にさらに近づき、小声で呟いた。
「わたし、わたなべのことが、好きだよ。わたなべは?」
それは、突然の、そして僕にとって、初めての告白だった。何時も男勝りの真夏が、その時は女の子の顔をしていた。僕はびっくりして、言葉に詰まっていた。
少し前から、お互いが嫌いでないことは、なんとなく、感じていた。特に、あの遭難騒ぎがあった後、真夏は僕に優しくなっていたし、僕はそんな真夏の変化をとてもうれしく感じていた。
だが、「好き」と、はっきりと言葉にすると、インパクトは絶大だ。そして、「好きか」と聞かれれば、僕の答えは迷うべくも無く、間違いなく答えは一つだった。
僕は、つばをひとのみしてから、答えた。
「おれも、真夏のことが好きだ」
そう告げると、真夏はホッとしたように大きく息を吐いてから、笑顔で答えた。
「やったね、私たち両想いだよ!」
そう言うと、僕の背中を『バチン』と叩いて、照れ隠しなのか背中を僕に向けた。
「さぁ、はやぐ掃除終われ!」
山田先生の声が廊下に響いた。
それから数日、真夏と僕は何事も無かった様に過ごしつつも、時々目配せをしながらお互いの視線を合わせたりしていた。
それが僕にはとても嬉しく、生まれて初めて味わう幸せな気分だった。そんなことがありながら、僕らは、三学期の最終日、終業式を迎えた。
もう、通知表も受け取り、みな帰ろうとしている時だった。
「今日は、みんなに残念な知らせがあるんだ。沢井、ちょっとこっちさ来て」
そう言うと、山田先生は僕の右側の方に向けて小さく手招きしている。僕の二つ右隣の席に座っていた真夏が、突然立ち上がった。そして、僕の方に一瞬悲しそうに目配せした後、教室の前に出た。
そこには、一年前に元気良く挨拶した真夏ではなく、切なそうに、小声で別れの言葉を告げる彼女がいた。僕は、突然の出来事に、彼女がどんな挨拶をしたのか記憶に止める事が出来ず、呆然としていた。
気が付くと、真夏の挨拶が終わり、彼女の周りに人だかりが出来ている。彼女との別れを惜しむクラスメートが残念そうに言葉をかけている。僕は、所在げなく、どうして良いのかも判らず、教室の窓からグラウンドを眺めていた。 そこからは、つい1ヶ月と少し前に遭難しかけた場所が見える。
あの時、真夏が助けてくれなかったら‥。
真夏がいなかったら‥。
そんなことを思いだしていると、後ろから肩を叩かれた。
「真夏が待ってるど」
そう、和也が僕に告げた。