#6 雪の朝
僕は、小学校四年生の時から新聞配達をしていた。今でこそ、小学生がアルバイトなどとんでもないのかもしれないが、少なくとも僕の地元では、新聞配達の一部は小学生達が担っていた。とは言っても何百軒も配達が出来る訳ではなく、数十軒がせいぜいであり、僕の担当も五十軒程度だった。
一見、五十というのは大した軒数では無いように思える。確かに、通常なら五時前に自転車で家を出て、集配所を回り、配達が終わるまで、ものの一時間もかからなかった。この状況だけ見ればもう少し多く配達しても良いようなものであったが、実はこの軒数に押さえられているのには訳があった。
秋田は雪国なので、冬になれば当然の事ながら雪が降り、路面は凍結する。雪が降れば自転車が使えなくなってしまうのだ。
大人達は、バイクのタイヤにチェーンを巻いたり、スパイクに代えたりして配達が出来るが、自転車はそう言う訳にもいかず、徒歩での配達を余儀なく強いられる。
僕の場合、体が小さかった事もあり、五十軒分の新聞を持って雪道を移動するのは、無理な話であった。だから、プラスチックで出来たソリを担いで、集配所まで走り、そのソリに新聞を積んで、ロープを引きながら担当する町内まで走っていたのだ。
そして、一軒一軒、ソリから新聞を出して配達する事になっていたから雪の日は、順調にいっても、ゆうに二時間は掛かってしまっていた。
そんな事情もあり、雪の朝は憂鬱で仕方が無かった。
季節は、二月に入り、降雪のピークを迎えていた。その年はとりわけ、雪が多く、新聞配達を始めて二度目の冬だったとは言え、僕は、毎日苦労を強いられていた。特にその日の朝は冷え込みが激しく、前の晩から降り続いている雪は衰えるどころか勢いを増しているようにも見えた。
「二郎、早く起きなさいよ」
母が、
「まったく・・」
と呟きながら、枕元で急かしてきた。
「もう朝か‥」
僕は呟き、二階の寝室から下の居間に下りると、すぐにカーテンをめくり外を眺め、絶望的な気分になった。
「あーあ、こんなに積もっちゃって‥」
昨夜までせいぜい膝下程度だった積雪が、ゆうに腰の高さまで来ている。雪が降り続く天を恨めしく睨みながらも、覚悟を決めて着替えを始めた。
まだ薄暗いに出ると、雪の勢いは、窓から眺めた時よりさらに増しているように見えた。大きな通りは、早いうちに市の除雪車が通ってくれたようで、まだ走り良かったのがせめてもの救いだった。
配達のエリアに近づくと、道が狭くくなり、除雪車が通らないので、配達は困難を極めた。そうこうして配達を終える頃には、もう七時をとうに回っていた。
予定の時間よりも一時間近くオーバーだ。家に帰り、ビショ濡れの防寒具を脱ぎ捨てて顔を洗い、食卓に付く頃には、兄や弟はもう学校に出かける時間になっていた。
「今日は先に行ってて」
そう母に告げられると、二人は返事をしながら玄関を出て行った。
「そう言えば、さっき和也君の家から電話があって、今日は、風邪で休むって」
母がパートに出る支度をしながら僕に告げた。
「ちぇっ」
僕は、そう舌打ちすると、食事を途中で切り上げて、学校に行こうとしたが、
「食べなさいよ」
と言う母に制止され、結局最後まで食べることになり、家を出たのは、八時を回っていた。雪さえ無ければ、始業までに充分間に合う時間ではあったが、この雪ではかなり厳しい。
(今日は遅刻かも・・)