# 最終話 さ・よ・う・な・ら
「渡辺さんは、僕の父では、ないのですか…」
障子越しに、そう僕に問いかけた真くんは、泣いていた。
「真くん。僕は、君のお父さんじゃないよ。
ごめんな。君のお母さんと、小学校以来会ってないってのは本当なんだ」
「…はい」
障子越しに、真くんの鼻をすする音がした。
「きっと、真夏にも、色んな事情があったんだろと思う。君が真実を知りたい気持ちはよく分かるし、それを知る権利が、君にはあると思うよ。でも、どうかな。
お父さんを探すのは、焦らないで、じっくり時間をかけても、いいんじゃないかな。
必要なら、その時は、いくらでも協力するよ」
「渡辺さん、変なこと言ってすいませんでした。僕、寝ます。おやすみなさい。今日は、有り難う御座いました」
「あぁ、ゆっくりお休み」
僕は、障子越しに、真くんの方を見つめていた。疲れていたのだろう。すぐに、寝息が聞こえてきた。真夏の事情は、僕がいくら考えても分からないことだった。
ただ、真夏が真くんをお腹に宿したときに勤めていたはずの、あの○△ミュージックの編集部に聞けば、何か分かるかも知れない。
いずれにしても、それを調べるのは、真くんの意思だ。その時は、僕が全力でバックアップしよう。
僕は、窓を大きく開き、空を見上げた。先程までの星空が消え、いつの間にか粉雪が舞っていた。粉雪を肴に、暫く冷酒を飲み、僕も床についた。
翌朝、僕と真くんは、二人で温泉に浸かり、真くんの将来の夢や、希望について話をした。僕は、何でも良いから、全力でやれ、とアドバイスしたように思う。天国にいる真夏に…君の母にいつバッタリ会っても、恥ずかしくないようにと。
僕達は、9時30分過ぎに、男鹿温泉郷を後にして、男鹿水族館GAOへ立ち寄り、昼食を食べた。
そして、あっという間に、真くんが、男鹿を離れる時間を迎えた。
僕は、男鹿駅前のロータリーに車を止め、真くんに新幹線のキップと、帰りの経路をメモした紙を渡した。
「真くん、僕は、婆さんの見舞いや、親戚まわりなんかがあるから…、ごめんな、一人で帰して。東京駅のホームに君の叔母さんが、来てる筈だから、ホームで待ってるんだよ、いいね」
「はい。分かりました。今回は本当に有り難う御座いました。ところで、秋田駅で新幹線こまちに乗りかえるには、男鹿線の車両のどの辺りに乗れば便利ですか?」
「ははっ、どの辺りって言ったって、二両しかないんだ。どこだって…でも…そうだな。
先頭車両の、中腹の左側のボックス席に座るといい。
君のお母さんが、男鹿を離れる時に座ってたかもしれない。
それと、出発したら、そこから、左手の高台を見上げていてくれ。
僕は、そこから、君を見送るから。
あと…
お父さんのことで、何か困ったことがあったら、いつでも遠慮しないで相談してくれ。いいな?」
「…分かりました。渡辺さん、これからも、ときどき会ってもらえますか?」
「もちろんだよ、遠慮するなよ」
僕は、そう言うと、真くんの右手を握った。
真くんの手。
僕は、その手を握りしめた後、真くんの肩を抱き締めた。
「頑張れよ」
僕は、多分、そう、呟いたと思う。
そして、間もなく発車します、とアナウンスが、流れた。
僕は、真くんに別れを告げ、車に乗り込み、男鹿駅を後にした。
僕は、市役所と中川公園の間の細い路地を走り、小学校の時に真夏を見送った高台へ着いて、車を降りた。
警笛が、二度聞こえた。
カラカラと、乾いたディーゼルエンジンの音が、近づいてくる。
線路沿いの民家の影から、先頭車両がその姿を現した。
僕を見つけた真くんが窓を開け、手を振っていた。
ひゅーぅ、ひゅっ
僕は、指をくわえ大きく口笛を吹いた。
その口笛の音は、高台の前を過ぎる男鹿線の車両との間でこだました。
真くんが、手を振る後ろのボックス席に、鍔がついた帽子を被った小学生位の少女がいる。
少女は、窓を開け、半身を乗り出し、手に持った帽子を振りだした。
真夏だ。
何か、叫んでいる。僕は、目を凝らした。
「あ・り・が・と・う
さ・よ・う・な・ら」
僕は、大きく手を振り上げ、また、口笛を吹いた。
さようなら、真夏。
さようなら。
~~完~~
拙い文章ですが、最後までお読みいただき、本当に有り難う御座いますm(__)m。
感謝いたします。
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