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『口笛』  作者: kachan
41/42

#40 真くんの苦悩

 入道崎から男鹿温泉郷までは、車でゆっくり走っても、およそ15分の道のりだ。


「何か凄い入り込んだ感じですけど…こんなところに、温泉郷が、あるんでしょうか?」


「心配か?」


「いえ、冒険してるみたいで、何だかワクワクします」


「そうか!何だか頼もしいな」


 そう言うと、真くんと僕は、声を上げて笑った。


「あっ、ナマハゲが立ってますね」


「あぁ、あそこだ」


 僕は、ナマハゲが立っている角を左に入り、緩やかな坂道を下った。10軒近くのホテル、旅館と共に、ラーメン、居酒屋などの飲食店も軒を連ねている。


「思ったより、賑やかですね。それに何か、風情がありますよ」


「風情、なんて分かるのか?」


 僕は、思わず茶々を入れた。


「渡辺さん、見てください、何か行列してます。凄い人ですよ」


 真くんが指差す方向に視線を移すと、確かに、その時間、その場所には、不釣り合いとも言えるほどの、長い行列が出来ている。


「綺麗な建物ですね、ごかぜ? 五風って書いてある建物に並んでます」


「何だろう?ホテルに行ったら聞いてみよう」


 僕は、五風と書かれた建物を右手にやり過ごし、温泉郷の奥にある目的のホテルの駐車場に車を入れた。

ホテルのロビーでチェックインの手続きをしている間も、宿泊客が、浴衣姿のままで、次々と外に出ていき、ホテルの中居さんが、「行ってらっしゃいませ」と見送っている。


「何か、イベントでも、やってるんですかね?何か長い行列が出来てましたけど…」


 僕は、次々と出ていく宿泊客を見やりながら聞いてみた。


「あぁ、はい。今日は、五風ごふうというライブホールで、若者がなまはげに扮して、和太鼓のライブをやるんですよ。お客さんも、是非見て行かれたらいかがですか?」



 僕が、後ろにいる真くんを見ると、にっこり笑いながら大きく首を縦にふっていた。

僕達は、無理を言って、食事を後にしてもらい、部屋に荷物を置いた後、行列が出来ていた、五風と呼ばれるライブホールに向かった。


 先程の行列は、既に建物の中に吸い込まれていた。靴を脱いで、通路を進むと、天井が高い、バスケットコート程のホールがあり、既に観客で八割のスペースが、埋まっていた。


「凄いな、こんなに人がいるなんて…」


 びっくりしていると、進行役の青年が、後方であっけにとられている僕たちに、もっと前に詰めるようアナウンスした。


 結局、開始時間になる頃には、通路まで人が溢れかえり、満場の中で、なまはげ太鼓のパフォーマンスが、始まった。


「うぉー、うぉー、なぐこいねがー、おやのいうごどーきがねこいねがー、うぉー」


 後方入口から、五人のなまはげが、雄叫びを上げて、観客の中をかき分け入ってくる。場内にいる小さな子供数人が泣き声を上げた。

それまで、ゆったりしていた真くんが、あっけにとられている。


「驚いた?」


「は、はい。す、すごい迫力ですね。驚きました」


 その後、入場してきたなまはげ達が、勇壮な和太鼓を繰り広げる。一曲目が終わると、なまはげの衣装を脱いだ若者に、女性二人も加わり、迫力ある太鼓のリズムを刻む。


 綺麗なホールに和太鼓のリズムが、響き、身体中が、鼓動する。宿泊客達は、少しお酒も入っているせいか、拳を振り上げ声援を送る。


「何か、ここは、深海を通り過ぎてたどり着いた、竜宮城みたいですね。まだ、夢を見てるみたいです…」


 なまはげ太鼓のパフォーマンスを見終えた後、僕達は部屋に戻り、手早く食事を済ませ、温泉に入り、後は、寝るだけになっていた。


「今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといいよ」


 僕は、部屋の灯りを落とし、布団に入った真くんにそう声をかけ、和室と、窓際の板間を仕切る障子を閉めて、窓を少し開け、冷酒に口を付けた。


 なまはげ太鼓のリズムが、まだ僕の体を揺らしていた。


 10分位経った時だったろうか。障子の向こうから、声がした。


「渡辺さん」


「どうした?眠れないか?寒かったかな。窓閉めるよ」


「いえ。そうじゃないです。一つ質問していいですか」


「いいよ、何でもどうぞ」


「渡辺さんは、僕の父では…ないのですか…」


 突然の、驚くような質問だった。僕は、黙っていた。


「僕は、母から、父が誰なのか、全然聞いてないんです。結局、亡くなるまで教えてもらえませんでした。がんセンターで、初めて渡辺さんを見た時、もしかして、あなたが、僕の父なのではないか、そう思ったんです。すいません、こんな事言って…」



 真くんが、泣いているのが、障子越しにも分かった。真くんの本当の苦悩を、僕は、何も理解していなかった。



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