#3 存在感
それからの真夏は、あっという間にクラス内での存在感を増していった。スポーツは万能で、勉強もとてもよくできた。僕は体は小さかったし、ドッチボールは苦手だったので、彼女に勝てるのは勉強ぐらいだった。
そして、どうしても僕は彼女には、その勉強で、勝たねばならなかった。女の子にスポーツも勉強も負けるわけにはいかなかったのだ。
でもそんな彼女も生粋の負けず嫌いだったようで、テストの点数で僕に負けると、
「くそー、わたなべに負けてしもうた~、でれぇくやしい~」
と机を叩いて悔しがっていた。そんなに悔しがらなくてもいいのに、と思ったがそんなところも真夏らしいところであった。
六月を過ぎ、すっかり学校にも溶け込んだ真夏と僕らは、寄り道をしながら、よく一緒に帰ったものだった。草むらの中の沼地で水カマキリやゲンゴロウを捕まえたり、川で沢蟹を取ったり、笹船を作って川に流しながらレースをしたりして、様々な遊びをしながら帰った。
そうした中で、クラスの中と同じように、僕の心の中での存在感は確実に増していった。
僕らの学年は、新学期が始まってから、なぜか、ほかのクラス同士と仲が悪く、度々大人数で喧嘩をするようになっていた。学校ではあまりおおっぴらに喧嘩ができないので、帰りに待ち伏せされたりするようになった。
僕のポリシーとして、自分から待ち伏せして喧嘩を仕掛けたりすることはなかったけれど、クラス対抗のドッチボールやキックベースボール等では、徹底的に勝ってやっつけるようにクラスの皆を焚きつけていた。
僕は当時、体が小さく、まともに喧嘩をしても勝てそうになかったということもあったのだが、逆に、そういう態度が気に障ったらしい。そんな、妙な盛り上がりが体育の時間ごとに繰り広げられていたのだ。
ある日のことだった。その日の最後の授業となった体育の時間に、僕らは隣の組とキックベースボールの試合をした。毎度のことであったが、熱戦となり、皆闘志を剥き出しにして試合が進行した。授業の終わる最後の5分を切ったところで僕らのチームは逆転。劇的な勝利を収めた余韻に浸りながら、僕らは帰途についていた。
「あの時の和也のホームランが利いたよなぁ」
「いや、真夏の守備も良かったよな、ランナー、背中にボールぶつけられて、吹っ飛んでだもんなぁ」
そんな会話で盛り上がりながら途中の畑に差し掛かったときだった。
「おい、なに自慢してんだ。女と一緒に帰っで、いい気なもんだな」
隣の組の琢己だ。後ろには取り巻きの連中が4人いた。
「なんだ、待ち伏せが、だっせーな」
こういう時にめっぽう気が強い和也も挑発に乗った。
僕は思わず「チッ」と舌打ちをした。
正直、僕は喧嘩が嫌だった。いつもはふざけでばかりの僕だったが、体が小さく、力もなく、喧嘩は弱かった。だが、そんな姿を真夏に見られるのもいやだった。
「おめえらなぁ、やめどけよ、キックベースで負けた位で、喧嘩なんかすんなって。恥ずかしくねぇのが?」
子供ながらに、精一杯、大人の対応をしようと思った僕の言葉は、彼らには響くどころか、逆に挑発となったようだった。
そこから一気に喧嘩が始まった。
「真夏は、下がってろ。ででくんな」
僕がそういうと、琢己達との取っ組み合いの喧嘩が始まった。琢己は町の少年ラグビーチームに所属していて、体当たりはラグビー仕込みだったから、取っ組み合いになるとめっぽう強い。正直言って僕の勝てる相手ではなかった。それでも、真夏が見ている。僕は逃げるわけにはいかなかった。
男5人同士が入り乱れる中で、途中和也が僕を助けてくれたりしていて、しばらくは何とか勝負になっていたが、その内、だんだん自分たちの形勢が悪くなってきていた。
気が付くと、僕は鼻血が出ていて、白いTシャツが真っ赤に染まっていた。そして、相手も僕の鼻血に染まったTシャツを見て一瞬ひるんだその瞬間だった。
「もう、やめんかー」
琢己が横に吹っ飛んだ。真夏が横から体当たりして突き飛ばしていたのだ。
そして、琢己は畑の隅にある肥溜めに、頭から落ちていた。その匂いは、筆舌に尽くしがたい猛烈なものであった。琢己は、もう戦意を消失しているどころか、あまりの出来事に泣きじゃくっていた。
仲間もそれを見て成すすべもなく立ち尽くしていた。そこへ、畑のおばちゃんが怒りながら走ってやってきた。
「おめがだ、なにしでるがー」
僕らは慌てて走り出した。そして走りながら真夏が叫んでいた。
「わしは、いつでも助けるけん。遠慮せんで」
興奮したせいか、久しぶりに真夏の『わし』を聞いた。僕は、なんと言っていいか言葉に詰まりながらも、お礼を言った。
「ありがと、助かったよ」