#36 思い出の地へ
真夏の一人息子『真くん』と僕は、二人で男鹿半島に向かうことになった。中学二年だという彼の学校が、冬休みになるのを待って、出発の日を決めた。
行きは飛行機で、帰りは彼の希望で新幹線で帰ることになったのだが、僕は、祖母を見舞い、親戚を回る必要があったので、真くんだけ一泊した後、先に一人で帰ることになった。
待ち合わせ場所の羽田空港のロビーには、真夏の姉と、真夏の姉の夫も一緒について来ていた。
「渡辺さん、今回は、ご面倒をおかけします。本来なら、我々夫婦が、連れて行くべきなのでしょうが…。申し訳ありません」
そう頭を下げた彼は、真くんの肩に手を当て、ちゃんと言うことを聞くんだよ、と言葉をかけていた。程なくして、搭乗時間になり、僕は、真くんと二人で飛行機に乗り込んだ。
秋田空港までは、約一時間のフライトだ。席についた後は、真夏の小学校の頃の話を僕がして、母となった後の真夏のことを真くんが話してくれた。
だが、そこには、真夏の結婚の話も、真夏の相手、すなわち、真くんの 父親の話も、全く出て来なかった。二人で話すのが初めてだった僕は、急いてはならぬのだと、肝に命じていたので、深くには、突っ込まないようにした。真くんは、窓から、何度も下界を見やり、時計を見た。
「楽しみかい?」
「はい。母はずっと仕事ばかりで、僕は、旅行に連れて行ってもらったことなんてありませんでした。こんな遠くに、しかも飛行機に乗るなんて、初めてなので」
そう言うと、また窓から外を覗き込んだ。秋田には小一時間すれば到着する。僕は、天井を見上げ目を閉じた。
真夏の息子が、僕の隣にいる。もし、真夏と僕が結婚していても、これくらいの息子がいたのだろう。それにしても、なんと、不思議な巡り合わせなのだろうか。
そうこうしているうちに、間もなく秋田空港に到着するとの、機内アナウンスが、流れた。
「速いですね、もう着いちゃうんですか。こんなことなら、とっとと母と来るんでした」
そう言うと、真くんは、少し残念そうな表情を浮かべた。
「さ、寒いですねえ」
秋田空港の外に立った真くんは、その気温の低さに驚いていた。
「これでも、昔に比べれば、だいぶ暖かいんだよ。この通り、雪も積もってないしね」
僕は、空港でレンタカーを借りることにしていたので、雪の具合がとても気になっていた。幸いなことに、殆んど積もってはいなかった。レンタカーの事務所で、キーを受け取り、車に乗り込んだ。
「まず、何処に行きますか?」
真くんの声が弾んでいた。
「ははっ、男鹿半島は、ここからまた、一時間以上かかるんだよ、焦らないで。まずは、男鹿半島に向かわなきゃ」
それから僕は、車を走らせながら、その日の予定を話した。
「まず、僕と真夏が一緒に通った小学校にいく。その後、中川公園、西が丘公園、鵜ノ崎海岸、入道崎を回って、男鹿温泉郷で一泊する」
そう言うと、秋田県の地図を広げていた真くんは、少し首を傾げながらも、にっこり笑って地図を閉じた。
「あっ、あれ何ですか!?」
秋田市の中心を抜け、土崎港に差し掛かったとき巨大な風車が見えた。
「あぁ、詳しくは知らないけど、風力発電所らしいよ。ほら、向こうにも、あっ、あっちにもあるね」
真くんは、その巨大なプロペラに圧倒されながらも、男鹿までの行程を楽しんでいるようだった。車が土崎を過ぎて、海岸線を走る単調な道に入ると、助手席に座る真くんは、いつの間にか、寝息を立てていた。
僕は、車を路肩に止め、コートをかけてあげた。男鹿半島までは、もうすぐ。僕は、静かに車をスタートさせた。