#32 緩和ケア病棟
真夏が僕に送って来た写真を、和也が調べた結果、その地点は、『都立XXがんセンター療養所』らしいとの見立てだった。
「しかし、この地点の計算には、誤差が含まれているだろう?」
僕は、どこかに、考え違いや、ミスがあるのではないか、そう信じたかった。
「もちろん、誤差はあると思う。そもそも、東京タワーと、お前の事務所ビルの建っている場所には、若干の標高差があるはずだが、それは、計算に入れてない。角度だって、数度違っただけで、10キロ先じゃ、大きな差になる。だけど…あまり肯定したい訳じゃ無いんだけど、数メートルの標高差じゃ、それほど大きな誤差にはならないはずだ。
方角も、東京タワーの角度だけでなく、お前の事務所ビルの向きと、両者の位置関係を合わせて考えたから、それなりの精度になってると思うんだ。それに…」
「それに何だよ」
「沢井が書いたメールを何度も読み返したんだけど、あいつ、自分自身の近況について、何にも語ってない。いろいろ事情はあるにしても、あんなに前向きだった沢井が、お前からメールもらって、色々近況報告をしたんだから、普通ならば、何らかの沢井自身の近況を語るべきだと思うんだ。それが、全くない。沢井は、昨年末に長年勤めた編集部を退職して、フリーになってるのに、仕事もそんなにしてないようだ」
「でも・・・真夏自身がガンなんじゃなくて、家族とか、親類の看病をしてるって可能性もある」
「もちろん、その可能性はある。だけど、このメール、午前2時とか、5時とかに送信されてて・・・、時間が余りに不自然だよ。家族の看病をしてて、その時間に起きてたとしても、そんな時間に、こんなメールをよこすだろうか。何より文面に前向きさがないし、切羽詰った、まるで別れの手紙のようだよ。それに、窓から広がる広場、こんな広場があるのは、この近辺では、この療養所だけだし・・」
「判ったよ、和也、もういい・・・」
僕は、和也の言葉を遮るように、言葉を挟んだ。
「ちょっと、家に帰って、ゆっくり考えたい。頭がパニックだ」
僕は、軽めのジントニックを一気に飲み干してから、数枚の千円札をテーブルに置き、コートをつかんで入り口に向かった。後を追うように、和也が言葉を発した。
「渡辺、すまん、もう一つ聞いてくれ。
この療養所の、東京タワーが見える棟は、緩和ケア治療専門病棟なんだ。お前が、この療養所に行くべきか、そうでないかは、俺にはわからない。でも、沢井には、余り時間が残されていないかもしれないんだ」
僕は、和也を振り返らずに、手を挙げ、「もういい」そういう意思表示をした。
『緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関して的確な評価を行ない、それが障害とならないよう に予防したり、対処することで、クオリティ・オブ・ライフを改善するアプローチである』
(WHO(世界保健機関)の緩和ケアの定義より)
真夏に起きているかも知れない、『生命を脅かす疾患による問題』。僕は、どうするべきなのか。