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『口笛』  作者: kachan
32/42

#31 真夏の居場所

 和也に真夏からのメールを転送した日の翌日夕方、早速電話がかかって来た。


「渡辺か。俺だよ。昨日の今日で申し訳ないけど、これから会えないか?出来れば早い時間がいいんだが…」


「どうしたんだよ、何か分かったのか?まだ5時だし、目を通さなくちゃならない資料もあるんだ」


 翌日は、クライアントと裁判所に出向かねばならず、必要な資料について、まだ完全に把握していなかったのだ。


「それ、いつ頃終わりそうなんだ?」


「そうだな、急げば、あと2時間くらいか…」


「じゃあ、『大急ぎ』でやれば、1時間半だな。6時半にいつものバーで待ってる。早く来いよ」


「おいおい…」


 そう言いかけた時には、もう電話が切れていた。和也が、こんなに強引に、誘ってくるのは、滅多にないことだった。僕は、和也の態度を訝しく思いながらも、目標を6時半に設定して、資料に大急ぎで目を通した。

 結局、いつものバーに到着したのは、6時45分を少し回っていた。

バーのドアを開けると、右手側にいつも二人で座るカウンターがあるのだが、和也の姿は見当たらなかった。


「早く来い、って急かしたくせに…」


 僕は、そう独り言を呟き、舌打ちをした。すると、左手から、和也の声がした。


「オーイ、今日は、こっちだ」


 振り向くと、和也が4人掛けのテーブル席に座っていた。僕は、驚いて、カウンターにいるマスターに目をやると、どうぞ、と、にっこり笑ってテーブル席に手を向けた。


「おいおい、何でテーブル席なんだよ、誰か来るのか?」


「あっ、いや、誤解するな、誰も来ないよ。今日は、こっちの方が都合いいんだ。

それはともかく、早くコート脱いで座れ」


 そう言うと、和也は、テーブルに何やら大きな地図を広げた。


「何だよそれ、東京の地図じゃないか」


 僕は、そう言いながら、椅子に座った。


「今日は、ジントニック、軽めにしとけ」


 和也は、強い口調で、そう僕に命じた。


「一体、何が分かったって言うんだよ?」


 僕は、さっきからの和也の横暴な態度に少しイラつき始めていた。


「お前、沢井が今何処にいるのか知りたくないか?」


「そりゃ、分かるなら知りたいけどさ、メールじゃ分からないし。それに、あいつは、俺に会うことを望んではいないんだよ」


「まぁ、確かにあのメールじゃあな…。

でもさ、会わないっての、沢井の本心なんだろうか。俺は、そこが納得出来ないんだよ。でさ、お前から転送してもらったメール、写真が添付されていただろ?あの写真で、ともかく、沢井がどこから撮影したのか知りたいと思ってさ」


「あぁ、あの写真か。確かに、うちの事務所が入っている赤坂のタワービルディングが写ってたから、大体の方向は、分かりそうだけど…、距離とかは、無理だろ?」


「いや、この写真の場合、むしろ距離の方が、正確に解るんだよ」


「なんだって?」


 僕は、和也の言葉に驚いていた。和也は、用意していたファイルから、大きくプリントしたその写真を取り出した。


「よく見ろよ。お前の事務所が入っている赤坂のタワービルディングの横にぴったり寄り添うように、東京タワーが見えている」


「それがどうかしたか?」


「鈍いな。この写真見ると、お前の事務所のビルと、東京タワーが、ぴったり同じ高さになっているんだよ。つまり、沢井がいる場所は、東京タワーとお前の事務所のビルが同じ高さに見えるんだ」


 そう言いながら、白い紙に、直角三角形を描き、説明を始めた。


「沢井から見て、2つの建物が、同じ高さに見えるってことは、沢井から一直線に並べれば、沢井の視点、お前の事務所ビルの頂点、東京タワーの頂点が、一直線で結ばれる。つまり、相似の三角形が描ける。東京タワーは、333m、お前の事務所ビルは、194mだ。お前の事務所ビルから沢井の視点までをXとおく。あとは、お前の事務所ビルと東京タワーまでの距離が分かれば、方程式が出来る。ただし、実際は、ぴったり一直線に並んでいる訳では無いから、地図上の距離は、正しい距離とは言えないんだが、この際、誤差と見なして、取り敢えず計算した」


 和也は、その場で方程式を解き、電卓で、最後の計算をして見せた。


「約14850m。沢井は、東京タワーから、この距離にある場所で撮影したことになる」


 僕は、驚くと共に、早く答えを知りたかった。


「分かった。で、真夏は何処にいるんだ?」


 和也は、一度深い溜め息をついた。


「方角は、東京タワーの展望台の向きから分かったよ」


 そう言うと、テーブルに広げた地図を指差し、東京タワーから引かれた線をなぞった。和也は、線上の赤い点で指を止めた。


「そこには何があるんだ?」


 僕の問い掛けに、和也は、もう一度深い溜め息をついた。


「この地点は、拡大されてる、こっちの地図で確認出来る」


 そう言うと、和也は、別の地図帳の付箋紙が貼られたページをめくり、僕に渡した。そのページの中央には、丸く赤ペンで囲まれた建物があった。



『都立 XXがんセンター 療養所』



 それが、和也が導き出した真夏の撮影地点だった。



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