#30 貴方には会わない
二通目のメールを真夏に送った後、慌ただしく日常が過ぎて、あっという間に二週間が経った。
その間、僕は、仕事の合間になると、真夏からの返事が来ないことについて考え込んでしまっていた。たった二通目で、「会ってくれないか」だなんて、軽率だったのだろうか。
11月も中旬を過ぎて、本格的な冬の気配が感じられるようになった早朝、気が付くと、携帯にメールの着信を知らせるLEDランプが点滅していた。
その真夏からのメールのタイトルには、『ごめんね』と書かれ、着信時刻は、5:15と表示されていた。
僕は、通勤電車の中で、そのメールを読んだ。
『渡辺へ
メール読みました。
中学時代の私が知らないことが、沢山書かれていました。
色々、大変だったんだね。
私が傍にいたら、体を張って守ってあげたのに(苦笑)。
でも、そういうことを乗り越えて、渡辺の今がある。
そうだよね。
渡辺が、結婚して家庭を作り、立派に暮らしている。
素晴らしいね。
本当に良かった。
私は…、貴方と会う気は有りません。
貴方は、貴方の素晴らしい人生を歩んでいる。
私は、貴方とこうして再び言葉を交わせただけで、とても、とても、深い喜びに包まれているのです。
ごめんね、渡辺。
いつまでも、いつまでも、渡辺の活躍と、健康を祈っています。
さようなら。
沢井真夏 』
僕は、真夏からのメールを二度読み返し、携帯を静かに閉じた。覚悟はしていたが、真夏は、再会を望んではいなかった。
僕は、ひどく落胆し、その日の仕事は、手に着かなかった。人には、様々な事情があるだろう。ましてや、僕と真夏の人生は、20年以上前に分岐したまま、交わることがなくここまで来たのだから、再びうまく交わることが出来なくても不思議なことではない。
僕は、そう、自分を納得させるしかなかった。真夏のことは、忘れよう。僕は、そう自分に言い聞かせる事にした。いや、そうするしかなかったのだ。
12月に入り、赤坂の街も、クリスマスのイルミネーションに包まれていた。僕は、久しぶりに和也に呼び出され、いつものバーに向かった。和也には、まだ真夏とのやり取りを報告していなかったので、その件で呼び出されたのは見え見えだった。
バーに着くと、既に和也がカウンターに座っており、入口に現れた僕に手を挙げた。
「悪いな、遅くなった」
「あぁ、構わないよ」
そう軽く挨拶を交わした後、和也は、早速、僕と真夏とのその後について聞いて来た。
僕は、真夏とのメールのやりとりについて話し、そのメールも和也に見せた。
「うーん。まあ、人にはそれぞれ事情があるんだろうが、お前、これで納得してるのかよ」
「そんなこと言ったって、納得するより仕方ないだろう」
和也は、深く溜め息を着いた。
「お前が、そう言うなら仕方ないんだが・・・。
なぁ渡辺、この真夏からのメール、俺に転送してもらっていいか?」
「はっ?そんなことしてどうするんだよ。・・・まさかお前、真夏にメールを?」
「バカ言え、そんなことしないよ。ただ…ちょっと調べて見たいことがあるんだ。いいよな? 断じて沢井にメールを送ったりはしないから」
そう言うと、和也は僕に、その場で直ぐに転送するように促した。和也が調べようとしたこととは一体何なのか、その時の僕は、何も気付いてはいなかった。