#27 編集部
「おかしいかどうかは、他人が決めることじゃないだろう」
和也は、僕の言葉を遮るように、話した。
「ただな、相手、真夏がどう思うかは、少し考えてやらないといけないような気がするんだが…、そんなのわかんねぇよなぁ」
そんなことは、わかりっこない話だった。真夏が、今さら会いたいと思ってしまっている僕をどう思うのか。
僕が、17歳のとき、真夏から最後の手紙を受け取ってから、21年が過ぎようとしていた。しかも、最後に会ったのは、26年も前の話だ。
だが。
忘れ去っていた、僕の「真夏に会いたい」と言う気持ちに火が灯ってしまったのだ。
「結局、行けるところまで、行ってみるしかないんじゃないか」
和也はそう言うと、僕の肩を叩き笑った。僕の決意は、もう決まっていた。
翌週の水曜日の午後、僕は、神田で打ち合わせがあり、午後3時には終わった。その打ち合わせ場所からは、お茶の水まで、僅か1キロの距離だ。
僕は、意を決して○△ミュージックと言う雑誌の編集部を訪ねることにした。僕は、徒歩でお茶の水に向かいながら、真夏がインタビュー記事を寄稿していた「○△ミュージック」という雑誌を眺め、編集部に行った時にどう話を切りだそうか、考えていた。
湯島聖堂の脇を抜け、神田明神を左手にやり過ごすと、○△ミュージックを発行している出版社の入った、小さな七階建ての雑居ビルの前に出た。僕は、歩道からそのビルを見上げ深呼吸した。
もしかして、このビルの中に真夏がいるのかも知れないのだ。入口を入ると、右手の壁にプレートが掲げられ、その出版社は三階から五階迄入っており、受付が三階にあることが示されていた。
僕は、階段を上り、三階の受付の前に来た。受付とは言っても、カウンターには、つくりものの観葉植物とインターホンが置かれているだけだった。インターホンの前には、
『御用のある方は、インターホンを押して下さい』
と、手書きの貼り紙があった。
その乱雑に記載された字は、まるで、僕のような意味不明な来客を拒絶しているようにも感じられた。
僕は、そのインターホンの呼び出しボタンを押すことを躊躇し、カウンターから離れ、インターホンに出るであろう職員に、どう話を切り出そうか整理していたが、また、頭が混乱し始めていた。その時だった。
「どちらの部署へ御用の方?」
不意に、後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと、40過ぎの女性が立っていた。
「あっ、いや、あの、○△ミュージックの記事でお尋ねしたい事があって…」
僕は、一気に混乱し、怪しいものではないとばかりに、名刺まで渡していた。その慌て振りが可笑しかったのか、その女性はクスリと笑った。
「あらあら、弁護士さん?わたし、その雑誌の編集長の板倉です。また、うちの記事で何かヤラかしちゃったかしら。取り敢えず、立ち話もなんですから、中に入りましょうか?」
そう話した彼女は、僕を手招きし、四階フロアに向かった。そのときの彼女の目は既に笑ってはいなかった。
僕は、階段を上がりながら、慌てて記事のトラブルなどとは、全く関係がないことを説明しようとしたが、応接間で聞きますからと、小さな部屋に通された。
僕の心臓は破裂しそうな程のスピードで鼓動し、顔からは、汗が噴き出していた。