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『口笛』  作者: kachan
24/42

#23 卒業

 岡山に転校してきて、あっという間に2年近くが過ぎ、僕は、高校受験を終え、後は卒業を待つだけになっていた。


 毎日、相変わらず真夏との『これから』のことを考えていた。結局、僕と真夏は四年近く文通を続けてきたのに、一度も会うことも無く、月日が流れてきてしまった。


 真夏は、そんな僕に飽きることなくついてきてくれたし、僕の真夏への想いは、冷めるどころか、募るばかりだった。


 僕と真夏は、日常起きた様々な事柄に対して、一つ一つは短い書簡ではあったが、色々なことを話し合った。そして、女の子や男の子の、正直な気持ちについても、本当に沢山のことを語り合った。


 だが、一方で正直に話せないこともあった。僕がイジメられていた時の苦悩や切なさは、遠く離れた彼女には、打ち明けることが出来なかった。そして、恐らく彼女にも、僕に打ち明けられないことがあったかもしれない。


 三年生の夏休みの間、一ヶ月手紙が来ないことがあった。


 その後、返事を書けなかったことを、彼女なりに謝っていたけど、きっと彼女なりの迷いが生じていたのではないかと思う。それは、仕方が無いことだと理解できた。


 中学に入って、僕と真夏にそれぞれ起きたこと、これから高校に入って起きるであろうこと、そして新たな出会いに思いを馳せた。


 会うことも儘ならない僕達が、このままお互いを縛り合っていていいのだろうか。


 僕にとって、真夏と過ごした僅か一年という時間が、黄金のように輝き、その輝きは衰える所か、日毎に増すばかりだった。


 その輝きが増すに従い、会えない苦しさに、胸が張り裂けそうになる感情を抑えることが出来ないようになっていた。こんなに会いたいのに、4年も会うことも出来ず、そしてこれからもきっと会えない。


 いったい、僕はどうしたら良いのか。


 そんなことを、日々頭の中で交錯させながら、徐々に結論に近づいていった。


 中学の卒業式を次の日に控えた晩に、僕は真夏に手紙を書いた。



『真夏へ


元気ですか。


おれの中学は、明日卒業式となりました。


確か真夏の中学も、明日卒業式だよね。


だから、この手紙が届く頃には、お互い卒業していることになるんだね。


真夏、卒業おめでとう!


どんな中学生活だった?


部活も頑張ったし、友達も沢山いて、充実した三年間だったんじゃないかな。


おれの方も、生まれて初めて転校を経験して、とても大変だったけど、周りのいろんな人に助けられて、結局は充実した三年間だったと思う。


そして何よりも、真夏が僕を支えてくれた。


本当にありがとう。


大感謝だよ。


最後に、真夏に話したいことがあるんだ。


おれは、真夏が大好きだ。


だけど、真夏に何もしてあげることが出来ないことを、ずっともどかしく思ってきたんだ。


おれの方は、岡山に来て、物凄く世界が広がったよ。


恐らく高校に入れば、もっと世界が広がると思う。


それは、真夏にも同じことが言えるはずだ。


おれ達は、この4年間、結局会うことが出来なかった。


そして、多分これからも、当分会えそうにない。


だから、おれが真夏を縛り付けることが真夏のためにならないような気がするんだ。


おれ達は、そろそろお互いから卒業するべきじゃないだろうか。


だから、


もう、文通は終わりにしよう。


本当にゴメン。


大好きな、大好きな真夏へ 


わたなべより』 



 書き終えた後、僕は、何度も何度も手紙を読み返した。自分の気持ちが、正しく表現されているのか、その結論で本当に良いのか。僕は、その晩、結局一睡も出来ずに考え続けた。


 朝方、僕はアパートの屋上の、さらに上にある貯水タンクに登り、朝焼けを見ていた。登った時は、まだ薄暗かったが、やがて雲一つ無い東の空から、碧白く明るくなり始めた。そして、空全体が明るく輝き始めた。


 僕はもう一度、手紙を読み返し、これまで何度と無く思い出してきた、秋田で真夏と過ごした日々を、一つ一つ確かめるように思い出していた。


 自然と涙がこぼれてきた。でも、卒業しなくちゃいけない。僕は覚悟を決めた。

 

 部屋に戻り、手紙を封筒に入れ、封をした。


 朝、卒業式に行くからと言うことで、少し早めに家を出た。


 高台にあるアパートから、自転車で坂を駆け下り、下りきった所にあるスーパーマーケットの前に来た。


 そのスーパーマーケットの前には、郵便ポストがあった。僕は、ポストからやや離れた所で、深呼吸をした。


 この手紙をポストに投函することで、僕たちの、知り合ってからの5年間にピリオドが打たれる。そう思ったら、急に投函することを躊躇しはじめていた。これを出したら、もう二度と、真夏と語り合うことも無くなるのか。


 前の晩、あれ程考えて決めた筈なのに、また自分が判らなくなってしまっていた。結局、僕は、その時に投函出来ずに、卒業式に向かった。僕は、卒業式の間も、ずっと投函すべきか、まだ迷っていた。


 卒業式を終えた僕は、ひとしきり友人達との別れを惜しんだ後、一人、学校のグラウンドにいた。


 ツッパリグループに囲まれた事や、初めて蛍を見たときのことが思い出された。


 その時、近くを走る、倉敷駅と水島コンビナートを結ぶ、水島臨海鉄道の車両が、高架を走るのが見えた。ディーゼル車特有のエンジン音をカラカラと響かせ、僅か二両の車両が、警笛を鳴らした。


 ガラガラの先頭車両の真ん中辺りに、家族連れが乗っていた。僕は、真夏に教えてもらった口笛を吹いた。


「シュー、シュー」


 久しぶりに吹いたせいか、口笛は綺麗に鳴ってはくれなかった。なんだか切なかった。


「ピューゥ、ピュ」


 突然、後ろから甲高い、口笛の音がした。驚いて後ろを振り返えると、熊谷が立っていた。熊谷は、手を振り、僕に近づいてきた。


「ヘタクソじゃね、口笛。何でそこで口笛吹くのか、理解に苦しむけど」


 そう言って、笑った。


 熊谷とは、三年になるときに、クラスが別れ、めっきり話をしなくなっていたので、久しぶりに会話を交わすことになっていた。僕らは、鉄棒の方に歩きながら話をした。


「二年の時は、本当にありがとう。色々助けてくれて…、君には本当に感謝しとる」


「もうええよ、そんな昔の話。わたなべ君は、自分でいじめを克服したんじゃけぇ」


「高校は、どうするん?」


「近くの女子校じゃなぁ。わたなべ君とは通学路も逆になるけぇ、これで、ホンマにお別れじゃな」


「僕がどこの高校に行くか知っとるんか?」


「そら、知っとるよ。『片思い』しとったんじゃけぇな」


 熊谷は、少し頬を赤らめた。僕は、突然の告白に驚いていた。


「なんじゃそれ?ど、どういうこと?」


 僕は、驚いて声が裏がえっていた。


「なんでかな。理由なんて判らんよ。ほら、文化祭の準備の時、ツッパリ連中に喝入れたじゃろ。それをみゆきに聞いたとき…。それに、いじめられても逃げんかった渡辺君、男らしかった。でもな、渡辺君と給食ずっと一緒に食べさせてもらったけど、なんか、私らなんか眼中ない、って顔しとったよ。じゃけぇ、告白出来んかった。好きな子がおったんじゃろ?」


 僕は、申し訳なさげに、素直に頷いた。


「ええんよ、ええんよ。わたなべ君からも、今日で卒業するから。また四月から新しい生活がスタートするんじゃけぇな。新しい世界に踏みださなぁ。

これで、すっきり前に進めるわ。ホンマに卒業おめでとう。元気でな。わ・た・な・べ・君」


 そう言って彼女は手を上げ、校門の方へ歩きだしていた。僕も彼女を見送ったあと、静かな校舎を背にし、校門とは反対側の自転車置き場の方へ歩きだした。


 僕は、帰り道、郵便ポストに真夏への手紙を投函した。



 僕は、真夏から卒業する、そう決めたんだ。






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