#22 これから僕たちは・・・
熊谷や、よっちゃん、やまちゃん達のお陰で、ツッパリグループからの嫌がらせがなくなっても、僕は、熊谷と給食を一緒に食べることを続けていた。
思えば、クラス内での孤立から救ってくれたのは彼女達であり、彼女達の好意に、僕は、必要以上に甘えていたように思う。
そうして、僕が転校してきてから、ようやく穏やかな日々を迎えていた年度末のことだった。
その日の授業が終わり、僕は自転車置き場に向かった。
自転車に乗ろうとしたとき、フェンスの向こうで、同じ中学のツッパリが、こちらを指差していた。
その向こう側には、何やら思い詰めたツッパリが一人と、仲間が数人いるのが見えた。制服の詰襟の校章が、自分と違っていたので、他校の生徒であることは直ぐに分かった。僕は嫌な予感がしてきていた。
「わたなべ言うんは、お前か。熊谷を知っとるじゃろ」
僕は、訳が分からず、黙っていた。
「なんで、ワイがきたか、わかっとるじゃろうの?」
「わからん。なんでこげなことするんじゃ。なんか迷惑かけたかのう」
「知らんふりするんか」
そいつは、思い詰めた表情で、僕に説明を始めた。要するに、付き合っている熊谷が最近冷たくなった原因が、僕にあるのだという。
僕らが、毎日一緒に給食を食べているうちに、熊谷の自分に対する気持ちが冷めていったのだと言うのだ。僕は、濡れ衣だと思ったが、そいつは、もうそんな言訳を聞いてくれるような状態ではなかった。
確かに、女子と給食を食べるなんて、普通じゃなかった。僕は、彼女達が僕と給食を食べようとした時、断ることも出来たはずだった。それを甘んじて受け入れたのが原因だとすれば、確かに僕に非があるようにも思えた。なぜか、そいつは半泣き状態になっていた。
「わしは、お前を一発殴らんと気がすまんのじゃ」
なんて情けない啖呵を切るのか、と思った。ケンカもそれほど強そうに見えなかったし、悪い奴ではないように思えた。
「なんで、わしが殴られんといかんのじゃ。やっぱり納得出来んわ」
僕は、改めて、理由を尋ねた。
「おまえ、田舎から出てきて、いじめられよったんじゃろ。被害者面して、同情かって、それで熊谷に助けてもろうて・・卑怯じゃと思わんのか」
僕は、返す言葉が無かった。
「・・・殴りゃぁええが。俺はお前を殴る理由がないわ。お前に俺を殴る理由があるんなら、殴りゃええ」
僕は、胸ぐらをつかまれたまま、力なく、彼の目を見つめた。格好を付けたかったのではない。
彼の「卑怯じゃ」と言う、罵りが、結構堪えたのだ。彼は、僕の胸をつかみ、右手で拳を握り締め構えた。僕は、もう殴られる覚悟が出来ていた。
「さぁ」
僕が、急かすようにつぶやいた。暫く僕の顔を睨んだ後、彼は、僕の胸を掴んだ手を離し、僕の足元に唾を吐いた。
「殴れ、ゆう相手を殴ったら、わしが卑怯もんになるがな。こんな状況じゃ、もう、殴れんわ」
そういうと、周りに声をかけて、その場から去って行った。その直後、先生が飛び込んできた。
「どうしたが?わたなべ、ケンカか?隣町の中学の奴もおったんじゃろ、なんかやらかしたんか?」
「いえ、何でもありません。ちょっと、話し合いをしとっただけじゃけぇ、なんでもないが」
そう僕が言うと、先生も拍子抜けしたのか、訝しそうにしながらも、自転車置き場からから出て行った。少し離れたところに、騒ぎを聞きつけた熊谷が申し訳なさそうに立っていた。
僕は、熊谷に近づいて話をした。
「わしは、熊谷に本当に助けられた思うとる。本当に感謝しとるんじゃ。じゃけど…、甘えとったんじゃな。わし、最低じゃ。給食は、もう一緒には食べられん。これからは一人でも平気じゃけぇ。ほんまにごめん。今までありがとうな」
僕は、本当に熊谷には心から感謝をしていた。僕のいじめや、嫌がらせが解消されたのは、よっちゃんとやまちゃんだけでなく、彼女達も協力してくれたおかげだったのだ。
僕の言葉を聞いていた熊谷は、泣きながら黙って僕の言葉を聞くだけだった。僕は、少し落ち着いてから、真夏に手紙を書いた。
『真夏へ
こんにちは、元気ですか。
ソフトボールの練習はがんばってる?
こっちは、ちょっと残念と言うか、あまり気分が良くないことがあったんだ。
おれが、こっちに転校してきて、色んなことがあったんだけど、助けてくれたクラスメートを、少し傷つけるようなことをしてしまったみたいなんだ。
おれの不用意な行動が原因だったみたい。
少し、反省です。
でも、ようやくこの学校に馴染めたみたいで、友達も増えてきたよ。
今度、柔道の大会があるんだよ。
初めての大きな大会なので、少しでも勝てるようにがんばるよ。
真夏も怪我をしないように、ソフトボールがんばれ。
それではまた
わたなべより』
直ぐに真夏から返信があった。
『わたなべへ
こんにちは、元気ですか?
柔道、大会があるんだ?
去年始めたばかりなのに大会なんて大丈夫?
相手は強いのかな。
秋田で、ケンカで負けてたわたなべからは、相手を投げ飛ばすなんて想像もつかないよ。
ごめんごめん、毎日練習してるんだもんね。
がんばれ!
ところで、どんな人を傷つけちゃったのかな。
わたなべを助けてくれた人?
それは女の子?
なんか、言い方が中途半端だったので、そう思いました。
間違ってたらごめん。
助けてくれた女の子には優しくしてあげて。
やっぱり困っている人に手を差し伸べるなんて勇気がいるんだよ。
そういう人には感謝して、優しくしてあげないと。
でも、色々あるもんね。
ちょっと、難しいかな・・・。
それじゃ、またね。
真夏より』
放課後の、あの事件から、僕は熊谷達と給食を食べるのを止めた。少し、よそよそしくなってしまったが、それは仕方がなかった。その代わり、僕とは稲山君が一緒に給食を食べてくれた。
僕が、腕相撲で初めてよっちゃんと対決した後に、真っ先に声を掛けてくれた奴だった。僕はその後大きなトラブルもなく、仲良くクラスメートと付き合いをすることが出来るようになっていった。
そして、秋田から岡山に転校してきて以来、真夏との再会も果たせぬまま、中三の春を迎えた。僕は、その頃から、毎日の様に、真夏とのこれからを考える様になっていた。
僕達は、これからどうすれば良いのだろうか・・・。