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『口笛』  作者: kachan
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#21 孤立からの脱却

 僕らの中学は、給食があり、その時間は、皆思い思いに机を動かして、仲の良い友達と食べるのだが、クラスで、孤立していた自分はいつも一人だった。そんな僕に、熊谷が話しかけてきた。


「一緒に食べてえーか?みゆきもおるけど」


 熊谷は、三人で食べることを僕に提案して来たのだ。驚く僕が返答をしかねていると、にっこり笑い、


「ええんじゃろ、ええんじゃろ」


と言いながら、机をくっつけて来た。


 他のクラスメートに、男女が混ざって食べているグループはなかった。


「おれなんかと食べて、そっちはええんか?」


 僕は、逆に彼女達に何か問題が起きないのか、心配になった。クラスのみなが、僕を無視しているのは、ツッパリグループの指図だった筈だからだ。


「私らはなんも言われとらんもんなぁ」


 そう言って、みゆきと顔を見合わせ、いたずらっぽく笑った。その気持ちはとても嬉しかったが、自分のいじめに、彼女達も巻き添えになってしまうのではないかと心配していた。


 それでも彼女達は、その日から毎日僕と給食を食べ始めた。特に熊谷は、みゆきだけでなく、僕によく話を振り、気が付くと、秋田のなまはげの話や、男鹿半島の海の話など、沢山の話を引き出してくれていた。


 そして、おそらく、そこで話したことは、彼女達を通じて他の女子にも伝わっていたようで、女子の間で僕を無視する態度が少しずつ綻び始めていた。


 そうこうするうちに、夏休みがあけて、秋を迎えた頃、昼休みには、やまちゃんやよっちゃんが、僕の席を度々訪れ、トランプ遊びや、ゲームに興じてくれた。


 その頃、僕は、柔道の練習とともに、日々の筋トレが効を奏し、腕力もかなりのものになって来ていた。


「じろちゃん、最近強うなっとるじゃろ、腕相撲せんか?」


 昼休みに、僕のクラスに来ていたよっちゃんが、突然そんなことを言い出した。


「ええけど、そんなん、勝負はみえとるやん」


 よっちゃんは、丸太のような鍛え上げられた腕をカッターシャツからだし、


「さぁ」


と僕をせかした。


 僕とて、柔道を始めてから、毎日欠かさず、筋トレを続けてきていた。僕もその気になって腕をまくりあげた。


「だれか、スタートの合図出してくれんかのぅ」


 よっちゃんが、周りを見渡した。


「私やるけぇ」

 

 熊谷が手を挙げた。


「ええのぅ、ラウンドガールじゃ」


 そう言いながら、よっちゃんは、手のひらを閉じたり開いたりして、ウォーミングアップをしていた。教室内は妙な盛り上がりを見せ始めた。女子が集まり、男子も遠巻きに見ている。


 机を二つくっ付けて、僕とよっちゃんが、手を合わせ、ポジションを整えた。


 熊谷が、声をあげる。


「いくよ!・・・レディー・・・ゴー」


 僕は、負けるのを覚悟で、最初から全力で立ち向かった。よっちゃんは、最初は余裕を見せていた。僕はさらに力を入れた。余裕を見せていたよっちゃんの顔が紅潮し始めていた。


 腕相撲は、本気なのか手を抜いているのかは、相手同士なら分かるものだ。僕は、よっちゃんが、徐々に最初の余裕を無くして来ているのが分かった。


「むぅ‥」

 

 よっちゃんが唸り声を上げた。二人の腕は血管が浮き、硬直してきているのがはた目にも分かった。しばらく一進一退の攻防が続き、見ている皆も盛り上がってきていた。


 僕が、最後の力を振り絞って体重をかけたその時だった。よっちゃんも勝負どころと見たのか、全体重をかけてきて、ほぼ同時に力のピークがぶつかりあった。


 結局、僕は最後に押し切られ、勝負には負けた。


「わたなべもでれぇ、強いがぁ」


 熊谷が、手を叩いた。


「こげんつえーとは、思わんかったわ。やっぱ、筋トレがきいとるのぅ」


 よっちゃんは、苦笑いを浮かべていた。


「もう休み時間も終わりじゃな。ほな行くけぇ、またな」


 そう言いながら、よっちゃんは、教室を後にした。


「わたなべ君は、何か格闘技でもしよるんか?」


 突然、今まで話しかけてもこなかった、前の席に座る稲山君が興奮も覚めやらぬうちに、問い掛けてきた。


「うん、柔道を少し‥」


「えー、じゃ佐々君と一緒なん?」


「そうだよ。僕はまだ白帯じゃけどね」


 まさに、よっちゃんが仕組んでくれた、孤立解消策だった。

どのくらい意図したものだったのかは分からなかったが、その頃から、よっちゃんは、度々僕の席を訪れ、周りを巻き込み、大騒ぎしてから、自分の教室に帰って行った。

 

 僕に対する嫌がらせは確実に減っていった。そして、僕の腕相撲が、結構強い、と言う噂が学校で広まり、よっちゃんが、力自慢の知り合いを度々連れてくるようになって、その度にクラスはヤンヤの騒ぎとなっていた。


 驚いたことに、以前に、僕を取り囲んだツッパリグループのメンバーも来て腕相撲をやり、お互いに健闘を称え合ったりした。


「強うなって、人に意地悪せんかったら、友達沢山出来るけぇ。じろちゃんなら、もう大丈夫じゃ」


 柔道の帰り道、そういってよっちゃんが笑った。年の瀬が迫る頃には、嫌がらせは完全に解消し、ツッパリグループのメンバーも普通に声をかけてくるようになっていた。



 僕はいじめから完全に解放されたのだった。



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