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『口笛』  作者: kachan
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#20 飛びたて!

 柔道を始めて、二ヶ月ほど経ったある日のことだった。柔道の練習を終えた後、道場の出口でよっちゃんが声をかけてきた。時計はもう、夜の9時を回っている。


「じろちゃん、今日は、国道の方行かんで、川沿いの道を一緒にかえろうや。

ええもんみしちゃるけぇ」


 そう言って、イタズラっぽく笑った。いつもなら、僕は、道場を出て、すぐ前の国道を右に折れて帰り、よっちゃんは、真っ直ぐの川沿いの道を帰る事になっていた。


 何か訳ありのようなので、取りあえず、付いて行く事にした。僕らは、川沿いの道を自転車で併走していた。


「じろちゃん、歌手なら誰が好きなん?」


「うーん、やっぱり松田聖子じゃな」


「おー、わしも、でれぇ好きじゃぁ。気が合うのう。ほな『青い珊瑚礁』歌おう!」


 よっちゃんと僕は、青い珊瑚礁を皮切りに、何曲もの松田聖子の歌を合唱しながら自転車を漕いでいた。


(よっちゃんは、俺と一緒に歌を歌いたかったんかな?)


 そう、思っていると、突然よっちゃんが自転車を止め、小声で叫んだ。


「しっ、あれ!あれ見てみぃ」


 そう言いながら、脇を流れる幅3メートル程度の小さな川面の方を指さした。僕は、よっちゃんの自転車にぶつかりそうになりながら急停車し、暗闇に目を凝らした。最初は目が慣れずに、何がいるのか判らなかったが、やがて、微かに光る物体がいくつか宙を舞っているのが見えてきた。


「よっちゃん、あれ、もしかしてホタルかぁ!」


「そうじゃ、ホタルじゃ。綺麗じゃろぅ。わしが小さい頃は、もっと沢山おったんじゃけどなぁ」


 僕にとって、生まれて初めて見るホタルだった。


「綺麗じゃなぁ。よっちゃん。こりゃぁ、でれぇすげぇ」


 目が慣れてくると、思いのほか沢山飛んでいた。僕とよっちゃんは、川縁のコンクリートに腰掛け、三十分は眺めていた。


「ホタル言うたら、もっと山の方の、水の綺麗な川におるんかと思ったわ。この川の周りはコンクリートじゃし、ようホタルがすんどるのぅ」


「そうじゃなぁ、理由はわしも判らんなぁ」


 その川は、近くの高梁川に流れ込む支流で、周りはコンクリートに囲まれてはいたが、川底には、まだ土が残っており、適度に水草も生えていて、自然な感じは残っていた。


「ホタル、家に持って帰りたいなぁ、ええかなぁ?」


 僕は、家族にも見せたいと思ったのだ。


「そらだめじゃ。ホタルは一週間位で死ぬんじゃ。それでも必死に生きとる。それに、6月ももう終わりじゃけぇ、ホタルがかわいそうじゃ」


 僕は、納得して、またホタルに見入っていた。


「よっしゃ、次は中森明菜歌うか。な、じろちゃん!」


 時計を見ると、もう十時を回っていた。僕は、やんわりとよっちゃんの誘いを断り、家路に付く事にした。川沿いの道を上ると、僕らの中学に着くのだとよっちゃんが教えてくれた。言うとおり自転車で走ると、5分程して学校に着いた。


 僕は、その足で自分の教室へ行き、嫌がらせをされていないか確認する事にした。僕の机は、やはり痰と唾で汚されていた。


 僕は、机を担ぎ外に出て、宿直しているであろう用務員さんに見つからない様に、静かに洗おうとした。所が、机には、唾や痰だけでなく、油性マジックで、人を侮蔑するような言葉がいくつも描かれていた。もはや、水では落ちないものだった。


 僕は、途方にくれた。気が付くと、僕は、机をそこに放り出し、フラフラとグラウンドに向かって歩いていた。そして、グラウンドの真ん中で大の字になり、夜空を見上げた。


(おれは、何でこんな事をしているのだろう)


 満天の星空に、真夏が笑っていた。


 もう、二年近く会っていない真夏の顔は、まだ小学生のままだった。


 今は、きっと身長も伸びて、大人びているに違いない。


 どんな髪型なのだろう。


 どんなギャグで笑うのだろう。

 

 どんな事に、ドキドキするのだろう。


 僕には、判らない事だらけだった。


 星空を眺めながら、僕の頬を涙が伝っていた。


 真夏・・・


 時計を見ると、十一時を回っていた。さすがに母が心配する。僕は慌てて立ち上がった。


 すると、ズボンの裾に、何やら光るものが見えた。


 ホタルだった。僕は、ホタルを手に取り、宙に向けた。


「お前を連れては行けん。さぁ、飛び立て」


 ホタルは、僕の指先まで進むと、どちらに飛ぼうか迷っている様な仕草を見せた。


「何を迷っとるんじゃ。時間が無いんじゃろう。さぁ!」


 そうかけ声をかけた瞬間、そのホタルは、羽を広げて飛び立って行った。僕は、暫く行方を追った後、頬を両手でパンパン叩き、気合いを入れた。


 机を教室に戻し、先生が教壇の横に置いてある予備の机と交換した。僕は、教室のドアにカギをかけて、カギが壊れた反対側の窓から抜け出し、学校を後にした。


 僕は、ペダルを漕ぎながら、考えていた。



(中学時代は、あっという間だ。おれも、飛び立たなくちゃ…。でも、どうすればいいんだろう…)



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